馬車は辿り着いた
がたがたと振動している。
もたれた全身が揺さぶられ、壁に預けた頭は時々大きな揺れでごつりとぶつかる。
ふわふわとした微睡の中で。
(―――ん?)
何かが触れた。
染み込むように広がる、清涼感と多幸感。
胸の空く気持ちに安らぎ、再び睡魔に身をゆだねようとしたところで。
空腹が、意識をきりきりと締め上げた。
「ぁー……」
意識してしまうと、もうだめだ。
おなかがすいた。とてもはらぺこだ。
もう一度寝たい気持ちもあったが、この空腹はきつい。
きしむ身体を伸ばし、大きな欠伸をかます。
「ふぁ、あぁ……」
「おにぃちゃん?」
「ん、おはよう、由梨……」
眠そうに目元をこすると、ようやく目覚めたツバサは周りを見回した。
目の前に座るのは、由梨とマーリィ。
マーリィの膝の上にいた由梨が手を伸ばすので、抱き上げて自分の膝の上に座らせた。
「おはよう。気分はどうだ?」
「おなかすいた」
マーリィの隣に座っていたネルが、まだ眠そうなツバサに声を掛けた。
まだ少しぼやけた頭で、ごくシンプルに返事をする。
「空腹のままでは酔いやすいだろう。
馬車を止め、食事にするかね?」
「あー、止めて大丈夫なの?」
「特に危険もないし、城まではまだしばらくかかる。
どちらにせよもう一度は休憩する予定だったから問題ない」
「じゃあお願いしようかな」
「わかった」
ネルが馬車の外の護衛に指示を出す。
程なく馬車は止まった。
「―――ん?」
膝から由梨を下ろし。
さて自分もよっこらしょ―――と言ったところで、初めてツバサは気づいた。
乗車していたもう一名、スフィが自分の隣に座っていたことを。
そして、そのスフィの手が自分の尻にぴったりと当てられていたことを―――
「ひ、ひぃぃ!」
「ようやく目が覚めたかね、弟子よ」
「ちょ、スフィ、何したんだよ!?」
「さて、なんだろうな……?」
見えない顔で、しかしなぜかにやりと笑うと。
スフィは何事もなかったように馬車を降りて行った。
「どうしたの、ツバサ?」
「あ、あぁ、なんでもないんだ」
おそらく、マーリィからも、ネルからも見えていなかったのだろう。
おそるべし、スフィ。
その実力と、抜け目のなさとか容赦のなさに小さく戦慄しつつ。
軽く頭を振って、ツバサも馬車から降りた。
「みんなは、ご飯は?」
「私たちはもう食べたわ。食べてないのはツバサだけよ」
「わかった。
んじゃ、さっさと食べないとな」
爆睡していたおかげか、今のところ気分は良い。
もちろん空腹は空腹で辛いが、乗り物酔いとは別腹だ。
護衛の一人から渡された昼食を受け取り、地面に座り込んで食べ始める。
「慌てて食べて、気分悪くならないようにね?」
「ありがとうマーリィ、気を付けるよ」
メニューは、もちろん他のメンバーと同じ。
パンと干し肉、木の実、葡萄酒が少し。
葡萄酒は丁重に断ると、他のメンバーと同じくお茶を受け取り簡素な食事をすきっ腹に収めていった。
食事中、マーリィがネルから聞いた話を伝える。
宿場について。
今回の戦争について。
ここサフォード王国について。
さしたる量でもない食事、程なく食べ終わり続きは車内となった。
「ごちそうさまでした」
食事と片づけを済ますと、再び一行は車上の人へ。
馬車は走り出し、車窓を変わり映えしない景色が流れ出した。
「そういえばネル、戦争ってどうしたら終わるんだ?」
「どう、とは?」
「あー……っと」
ちょっと表現に悩むが。
それでも、自分たちが戦争に巻き込まれる可能性はあるのだし。気になることは聞いておきたい。
「白旗をあげた方が負け、ってのは分かるんだけどさ。
そうでない場合、どうしたら勝敗が決まるのかなと思って」
「なるほど。
普通はどちらかが降参すると思うが、降参しない場合は、主犯を捕らえれば終わるだろう」
「ボーニアって貴族だっけ?」
「元貴族、だ」
律儀に訂正しつつ頷くネル。
当然と言うべきか、表情には嫌悪の色がある。
「我が城であれば、王となるな。
王妃や我が捕らえられた場合でも、降参しなければ戦争は終わらない」
「……」
悪く言えば、見殺しと言うことか。
人質とされても要求を飲まないのであれば、そうなる可能性は高い。
まあなんらかの使い道があれば、命だけは助かる可能性もあるが。
「結局、人と人との殺し合いなんだな」
「それが戦争だからな」
ネルの声や表情から察するに、ボーニアへの嫌悪はあれど、戦争自体への抵抗や嫌悪はないようだ。
それがこの世界の普通なのかもしれない。それでも―――
「例えば、スポーツとか、代表同士の団体戦とかで決着がつけられないものなのかねぇ」
「……どういうことだ?」
「一番極端な言い方だけど。
双方で一番強い人同士が一騎打ちをして、勝った方が戦争の勝者となる、みたいな感じだ」
「―――条件や戦力、規模が伯仲しているならともかく。
明らかに彼我の戦力差や資金が釣り合わない場合、そんな条件が飲めるわけがないだろう」
「そりゃそうなんだけど、な。
死なない、殺さない方法があるといいのになと思って」
「……」
殺さない戦争。
そんなものは、ただの矛盾だ。
戦争とは敵を殺すものであり、死者の屍の上にしか勝利は築かれない。
「もし」
「ん?」
―――だが。
だが、もしも。
「死者が出ず、血が流れない戦争があるなら」
「うん」
「それは理想に過ぎないけれど。
きっと、理想的なんだろうな」
吐き出したネルの言葉に込められた想いは、いかなるものであろう。
聞いた話では、今回の内乱はまだ始まったばかりで、本格的な戦闘など始まっていないとのこと。
それでも、今この瞬間にも、兵士たちは戦いの最中にあるかもしれない。
今この瞬間にも、国民の一人が命を落としたかもしれない。
「魔物との戦いは避けられぬけれど。
言葉の通じる人同士であるなら、避けられる戦は避けたいものだな」
「―――ああ。そうだな」
それ以上は、なんとなく聞きづらい雰囲気で。
さしたる会話もなく、馬車は進む。
気分が悪くグロッキーではあったが、吐くほど具合が悪くなることはなく。
やがて道の先に、街の外壁が見えた。
「外壁を抜けてから、城まではまだ距離があるが。
ようこそ、王都スェンディへ」
馬車は予定より早く、外壁を抜け。
まだ日が沈む前に、王城の門へとたどり着いたのだった。
馬車酔いの悲劇もなく、順調な道行きを経て。
この世界のことを聞きつつ、馬車は王都へ到る。
城門の先に待ち受けるのは、戦か平和か。
次回『城門は開かれた』
―――待ち受けるのは、漫才かエロか。
□ □ □ □
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
しばらくお休みをいただいておりました。
楽しみにして下さった方には申し訳ございません。
今年もよろしくお願いします。
遅筆・ぐだぐだ・どつき漫才ですが、楽しいものを目指して頑張ります。
変わらぬご愛顧の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。
活動報告の方に、番外編として新年の挨拶を書いてみました。
でも本当に挨拶だけです。エロくないしツッコミもあまりないです。
気が向かれましたら、お気軽にどうぞ。




