バーニアはくれなかった
ツバサ達にあれこれあったのと同様、ネル達スェンディ軍にも色々あった。
とは言えこちらは予め予定されていた行動、さしたる影響はない。
宿でツバサ達と明日のことを決めた後、宿場に居たネル達一行は、一部の兵士を残して野営地へと戻った。
野営地、と言ってもそれほど大がかりなものではない。
ネル達の先遣隊は、総勢150名程。
宿場に泊まれる規模ではなく、またいざという時に宿場を巻き込むわけにもいかず、彼らは宿場の外壁より外に野営地を作っていた。
当初の予定から外れたことがあったとすれば、ネルの帰還である。
戦力の低下は否めぬが、もともと王女の出陣には皆が反対していたのだ。これについては構わないだろう。
斥候の情報と共に、接敵したツバサとネルによっても敵軍の規模は分かっていた。十分に勝算はある。
昨夜の定時連絡で、不帰の森のエルフと遭遇したので、ネルと共に城へ向かわせる旨は伝えてあった。
特に増援の要請などもしていないが、さしたる問題ではなかろう。
野営地での朝食後、ネルとバーニア、それにネルと共に城へ向かう護衛兵は宿場へ向かった。
馬車を借りる手配を兵に任せ、食堂に向かったネルとバーニアが見たのは、なんだか妙な雰囲気を漂わせる旅人達であった。
こいつら、大丈夫なのだろうか。
人間男。なんだか顔色が悪い。無言。誰とも顔を合わせないように俯いている。
エルフ女性。どことなく困った顔。無言。ぱっと見、一番まとも。
エルフ幼女。おかんむりでぷんぷん。無言。時々ツバサをフォークで刺す。
不審者。妙に動作が軽快で快活。ときどき含み笑い。もちろんローブに三角帽。
できれば見なかったことにしたかったが、そういうわけにもいかない。
せめてもの抵抗とばかり、食堂の外で彼らが出てくるのを待った。
「ネル様とツバサ殿達の護衛、よろしく頼みますよ」
「はい」
護衛兵のリーダーらしき女性の返答に頷くと、バーニアはネルの方を向いた。
「ちゃんと真っ直ぐお城に帰ってくださいね?
寄り道したり、敵が居たからと言って戦ったりしないで下さいね?」
「……わかった」
不本意なんです! と書かれた顔で、しぶしぶ頷くネル。
馬鹿じゃな―――いや、わりと馬鹿ではあるが。その分、必要以上の判断を自分でしようとはしない。
きちんと護衛が手綱を握ってくれれば問題はないだろう。
そもそも敵軍は宿場を挟んで反対に居るのだから、馬車で移動するネル達が敵に遭遇する確率は低いはずだ。
「それから、ツバサくん。約束していた入眠薬だ。
効き目が強いから、子供が飲む場合は四分の一くらいにしてくれ。
悪用はしないでな?」
「ありがとうございます……」
暗い表情で薬を受け取るツバサ。
その部分だけを切りぬいてみれば、やばい取引に見えなくもない。
「……大丈夫かね?」
「た、たぶん大丈夫かと」
表情の暗さは、馬車への恐怖なのだろうか。
まあ効きの強い薬である、揺れる馬車でも半日くらいはぐっすりと眠れることだろう。
昨夜の出来事など知らないバーニアは、のんきにそんなことを考えていた。
なお、護衛と見張りを兼ねて兵士も一部宿に泊めていたのだが、特別な報告は受けていない。
「わたしのぶんはー?」
「ツバサくんに渡したよ」
「え、どうしてわたしにくれないの……?」
うるうるしたおめめで、抹茶ソフトなバーニアを見上げる由梨。
予想外の反応に、思わず言葉を詰まらせる。
「お薬は、子供には危ないものだからね?」
「どうして、ゆりのこときらいなの?」
「いや、あの、ね?」
「ゆりもほしい……」
じいぃぃぃ。
自分を見上げる無垢な瞳から、思わずバーニアは目を逸らした。
「つ、ツバサくん。そういうわけで、姫様をよろしく頼む!」
「おねーちゃん、ゆりのこときらいなんだ……」
逃げようとするバーニアを、しかしちっちゃなおててが掴む。
「ゆりちゃん、どうしても気持ち悪かったら、ツバサお兄さんからもらってね?」
「ゆりが、きらいなんだ……」
瞳で訴える。
ぜったい、にがさないもん。なくもん。
「あぁぁ、あのね、ゆりちゃん?」
「う……うぅ……」
なくぞ。ないちゃうぞ。
いいんだな、ないちゃうぞ?
「ツバサが寝てしまったら、ツバサから薬をもらえないと思うわけだ。
すまないが、我にも一つもらえぬかね?」
「お、ああ、そう言えばそうでしたね」
確かに正論である、スフィの言葉。
それはいったい誰の援護であったのか。
「つまり、ゆりには、どうしても、たべさせたくないんだ……」
「あっ、ちが、そうじゃなくて、だからね?」
「ふえ……」
泣く寸前。
泣くぞ、泣くぞという雰囲気を見せ、口元をゆがませる由梨。
「なに、我が受け取っておくから、ツバサが寝ていたら我から渡そう。
だからこんなところで泣くものでない」
「う…うー……」
涙を隠すように俯いて、呻き。
ちょっと肩を震わせる由梨。両手は俯いた顔に当てられ、おそらく目元をこすり。
「た、助かる。それでは皆、よろしく頼みました。
馬車に乗りたまえ、急いで出発だ!」
その隙にバーニアは薬をまとめてスフィに押し付け、彼らを追い立てて出発するよう指示を出した。
俯いていた由梨も、ツバサに抱えられて馬車に乗せられて。
ツバサ達、不帰の森ご一行とネルが乗り込むと扉が閉められた。
「スェンディの王城まで、ご武運を!」
幾人かの兵に見送られ、馬車とそれを囲む護衛の騎兵は。
一路王都へ、街道を西の方角へと進んで行った。
「子供の相手はひやひやするよ……」
「お疲れ様でした、バーニア様」
「ああ、ありがとう。
それでは我々も、隊に戻り役目を果たすとしよう」
泣きそうな由梨から解放され、ほっと一息のバーニア。
効き目が強く危ないからと渡さなかったのだが、まさか泣かれるところだとは思いもしなかった。
子供は好きだが、やはり扱いが難しい。そんなことを再確認するのだった。
当然だが、バーニアは知らない。由梨がなぜ、なんのために薬を求めたのかを。
せいぜいが、他の人はもらってるのに自分はもらえないから不機嫌になった、そのくらいにしか考えていなかった。
当たり前である。
見た目はまだ人間の三歳児程度。
生後年数で言えば、まだ半年にも満たぬのだから。
幼児が欲しがりぐずる理由など、その程度にしか考えていなかった。
この後、薬が由梨の手に渡った末にもたらされる顛末を、予想することなどできるはずがないのである。
夜間の余韻か何なのか、旅人達の朝は暗い。
俯く者、怒る者、笑う者、戸惑う者。そして目を背ける者たち。
そんな一幕を経て乗り込んだ馬車は、王城へと向かい。
次回『ツバサは眠っていた』
―――幼女は、望んだ薬を手にいれられたのだろうか。




