番外編 ウェナさんのメリークリスマス
白く曇った窓に、指を伸ばし。
息を吐きかけてから、文字を刻んだ。
『メリークリスマス』
それから―――
第三会場の傍らの大木へ、飾りをつける。
金銀の煌びやかな飾り紐。
木々やテーブルまで伸ばされた、赤と白の太く長いリボン。
あちこちに灯された、七色の魔法の明かり。
大きなベルや宝石類が、風に揺られてさまざまな音を立てた。
置かれたテーブルに料理が運び込まれる様を、飾りつけを終えたウェナは羨ましそうに眺めた。
彼女の担当は、今年もフォーテや他多数と一緒に飾りつけ。
風向きの村よりも料理班の人数が増えたとは言え、そこに選ばれるには彼女の腕前はまだまだ足りていない。
映術師として撮影作業を行っているという意味では、他の人には真似できない専門職であるのだが。
それでもやはり、料理班の栄誉には憧れがあった。
あった、と言うと語弊があるだろうか。
去年までは、撮影作業もあるし、わざわざ一番ハードな料理班になりたいなどとは思わなかった。
適当に飾りつけに参加し、適度においしいものを食べてゆっくりしたい。
元来、思考や生活がスローライフなエルフの例に漏れず、目立つことにも褒められることにもさして興味がなかった。
少なくとも、去年までは。
「何ぼんやりしてんの?」
「あ、フォーテ」
妹のフォーテが背中を叩きつつ覗き込んだ。
肩に触れる程度の短い髪は、覗き込んだ拍子に揺れたが。姉や平均的なエルフよりは大き目とは言え、揺れる程の胸はない。
そんなことを考えてしまい、思わず目を逸らしてしまった。
「……飾りつけもだいたい終わったわね。
座って待ちましょ?」
「ん……あたし、もうちょっと手伝ってくるよ」
「わかった、いってらっしゃい」
目を逸らした姉が考えてることは、なんとなく分かるつもりだ。
また、あの人間のことを考えているんだろう。
余計なこと……とは言わないが、一体あんな人間のどこがいいのやら。
実際に姉が考えていることは、妹の予想とは少しだけずれていたのだが。まぁ遠からずである。
「悪趣味と言うか、免疫がないと言うか。
異界の旅人だなんて、あまりにも刺激が強すぎるわよね」
調理場の方へ向かう姉の後ろ姿に、ためいきと共に小さく毒づく。
確かに、エルフとして、精霊として見れば、あの人間は破格であった。
神々しささえ通り過ぎ、直視できぬほどの目映い輝き。
精霊視を持つエルフにとって、さながら眼前の太陽とでも言うべき存在。
顔やら性格やらは別段好みでもないが、そんなフォーテであってもそばにいるとくらくらしてくる。
伝承や指示を忘れて引き留めたいと思ってしまったし、断られて不覚にも泣きそうになってしまった。
でもそれは『異界の旅人である』という一点に尽きるわけで。
人柄として魅力的かとか、好みであるかとはまた別物。
そんなことは、フォーテもウェナも百も承知なはずで。
だからこそ―――
「はあ……本当に、厄介な人間だわ」
なんとも言えず、ためいきが出るのだ。
ためいきを出さずには、居られないのだ。
その感情に向き合い、名前をつけることはせず。
ただただ、ためいきという形で心の内の何かを外へと出し。
筆頭料理人であるオーワンの指示の下、忙しくパーティの用意をする姉や料理班のエルフ達を眺めるのであった。
「平和の下、今年も祝福の宴の日と相成った」
広場の中央で、長老が盃を手に声を出した。その声は魔術を用いて、村中に届けられる。
全ての者が集まるにはこの広場でも足りず、宴の会場は三ヶ所に分かれているためだ。
風向きの村の者たちは、主に第三会場に集まっていた。
「今年はリーファディオル様の神託も満ち、務めを果たした風向きの村の者たちも帰ってきた。
代表して『風の標』のオーワンから一言挨拶をもらおう」
全ての料理と準備を終えたオーワンが、エプロン姿のまま広場の中央へ進み出る。
その様子は、それぞれの会場担当の映術師により、各会場で見ることができた。
「伝承に歌われた異界の旅人が現れ、私の娘と孫は彼と共に旅立った」
オーワンの言葉を、各会場、村中が音を立てず聞き入る。
異界の旅人。
神の子。
リーファディオルの神託に語られた、エルフの伝承と未来。
「私は―――」
オーワンが、エプロン姿のまま、拳を握りしめ。
「彼が、憎い!
可愛い可愛い娘と孫をたぶらかしたあいつを、本気で殴りたい!」
「―――は?」
オーワンの言葉を聞いていた時とは、別種の沈黙が村を満たし。
「なので彼には、私が本気で殴っても死なないように強くなって欲しい!
さもなくば死ね、以上!」
前大戦より150年。
エルフとしては、特別長い時間でもなく、まだまだ記憶に新しく。
そんな中で、エルフの英雄たるオーワンの叫んだ言葉は。
およそ、リーファディオルに心酔する老いたエルフ達を卒倒させるに十分な攻撃力を有していた。
「おや、長老は感動のあまり言葉もないようだ!
では僭越ながらわたくしめが」
ある者は身を震わせ、ある者は目を見開き、ある者はもはや気を失い。
そんな老いたエルフ達の中、にやりと笑うとオーワンは盃を掲げて。
「異界の旅人に試練を、神の子に祝福を! リーファディオル様にメリークリスマスを!」
「「メリークリスマスを!」」
異界の勇者によってもたらされた、冬の祝福祭とでも言うべき『クリスマス』
150年を経てなお、変化に乏しいエルフの日常で、年に一度の一大イベントとなっていた。
いや、変化に乏しいからこそか、エルフ達は宴会大好きなのだが。
それについてはまた別の話であろう。
ともあれ、この年のクリスマスは。
オーワンらの帰還による、英雄を前にした若いエルフの盛り上がりと。
同じくオーワンらの帰還による、開始前挨拶による衝撃の一言により。
例年にない盛り上がりと混乱、怒りの叫びが響き渡ったことを記しておく。
宴は楽しく、彩りは美しく、食事もおいしく。
それでも、嬉しくない、幸せじゃない。
ここに、あの人が、居ないから。
たった一夜限りとは言え、あの人の腕の中に居る、その幸せを知ってしまったから。
なお賑わう会場を、そっと後にして。
柔らかな光の灯された、少し寒い一人の小さな部屋。
窓の向こうの賑わいを透かし、冷たい夜気に白く曇った窓に、指を伸ばし。
想いを込めて、息を吐きかけてから文字を刻んだ。
『メリークリスマス』
『バカでえっちで、大好きなツバサさんへ』
『愛を込めて ウェナ』
時系列とか気にせずに、クリスマス番外編と言うことで。
人気があるんだかないんだかいまいち分からない、ウェナさんの再登場でございました。
他の話だと本編に影響が出てしまうため、こういう話となりました。
ツバサと由梨の生前についてや、現在の彼らのクリスマスなんかは機会があれば本編で書きたいところです。
あと、もしものくた~んを期待した方がいらしたらごめんなさい。
あっち側に踏み入れるのは、希望者がたくさん居たらと言うことで。
あとは作者が個人的に楽し
次回はストーリーも投稿時間も平常運転に戻り、宿で朝を迎える……はずです。
それではまた、いずこかのあとがきで。
読んで下さってどうもありがとうございました。




