ツバサは言い訳をした
「違うんだよ」
ツバサは言った。
その言葉が何を意味するかを知りながら。
いや、知っているからこそ。
「違うんだ、そうじゃないんだって」
目線の高さは、同じかむしろ相手の方が低いくらい。
それでも、遥かな上から見下ろすがごとき眼差しを受けながら。
「ほんとだよ、嘘じゃないって。
違うんだよ、言い訳じゃなくて違うんだって!」
ツバサは、その言葉を繰り返した。
『違うんだよ』から始まる発言は、9割以上が言い訳であり。
ゆえに、言い訳をする時は『違うんだよ』から始めなければならない。
これはツバサのどうでもいい持論の一つである。
このため『違うんだよ』のことは『言い訳フレーズ』と呼ばれており、ツバサの周囲の人間は何度この言葉を聞いたか分からない。
まあそれだけ言い訳が多いという意味かもしれないが。
言い訳フレーズ。
言外に『これから言い訳するんだけど、言い訳って自覚してるから大目に見てね』という気持ちがこもっている。
それは例えば、現代日本。
発車間際に駆け込み乗車をした少女が、周りの視線に曖昧な笑みを浮かべ。
言外に『ごめんなさい、でも自分がちょっとマナー違反をしたのは自覚しているから許して下さい』という気持ちをこめるのと同じである。
いや、曖昧なはにかみって、深層心理を突き詰めればそういうものだったんだよ? 昔は。
己が劣ることは分かっているので、あんまりいじめないで下さい。という謝罪であり牽制であり、ある意味では態度の大きさであった。
少なくとも、昔は。
現代だと、同じ状況で同じ笑みを浮かべたとしても『どうだ間に合ったぞ私って時間ぴったりですごいわ』かもしれない。
時と所が変われば、同じ語でも意味合いは変わり。
同じように、同じ笑みでも意味合いは変わるのかもしれない。
さておき。
この世界―――否、元の世界で最もたくさんこの言葉を聞かされてきた由梨は。
己の目の前で、正座して縮こまりつつ。
『これから言い訳するんだけど、言い訳って自覚してるから大目に見てね』という顔をした兄を無言で見下ろした。
「いや、だからね?」
「……」
「マーリィのせいで、スフィと、二人部屋にされちゃったしね?」
「……」
「オーワンのせいで、お金、なかったしね?」
「……」
「マーリィの、善意で、スフィと交渉してくれちゃったしね?」
「……」
「ぼくの知らないとこで、勝手に契約されちゃったしね?」
「……」
「言う事、聞かないと、いけなかった、し、ね……?」
「……」
「その……ね?」
「……」
「……」
「……」
重い、おもーい沈黙が場に下りて。
無言で見つめ合う、兄妹。
一秒か、一分か、針のむしろなひと時が過ぎゆき。
これまで沈黙を貫いていた妹が、ゆっくりと口を開き。
「ゆうべは、おたのしみ、でしたね?」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!?」
この後。
妹は思いつく限りの言の刃で、滅多刺しにするわけなのだが。
兄は自分の致した事実と現実に、ただただ正座をして刺されるに身を任すのみであった。
すなわち、人は彼をこう呼ぶ。
『賢者』である、と。
「違うんだよ、賢者じゃないんだよ!
いや、確かに賢者かもしれないけれど、それは意味が違うんだよ!
ほんとほんと、嘘じゃないって、違うんだって!」
ツバサの言い訳は、荒ぶる妹様の心に届いたのか。
それは彼女と大精霊のみが知るばかり。
次回『バーニアはくれなかった』
―――朝起きたら、ご飯を食べて王都へ出発だ




