王女様は戻された
「精霊力を使える人間が居ない……って、どういうことでしょうか?」
「どうも何も、言葉の通りの意味なんだよ。
かつては精霊力を用いて魔術を扱ったらしいが、今の世界は精霊力が随分と弱まっている。
100年以上も前から、精霊力ではなく魔力を用いた魔術や魔導具に変わっているんだ」
バーニアの言葉に、俯いて考えるマーリィ。
前大戦以降、世界に満ちていた精霊力は緩やかに減少していると聞く。
実際、自分が生きている期間であっても、精霊力がさらに弱まったことを感じている。
そのためにリーファディオルもほとんど力を振るわず姿を見せなくなったと聞いた。
さらに村を離れて森を出てからは、エルフとしては目に見える程に精霊力の減衰を感じている。
おそらく、閉ざされていたというあの森が特別であったのだろう。オーワンと、リーファディオル様の手によって。
「しかし、精霊力を扱えないほどなどと……」
「世界に満ちる力が減るに合わせ、人々の精霊力の器としての力もすっかり弱まり薄れてしまった。
今の人間では、器自体が小さすぎて、力として扱うほどの精霊力を操ることができないだろう」
「そのために、精霊力ではなく魔力を扱うようになった……ということでしょうか?」
「まぁそんなとこだね。
もっとも我々ホビットは、そもそもが精霊力ではなく魔力の比重の多い、魔力を扱うのに長ける種族だ。
精霊力が弱まっても、さほど困ることはなかったんだよ」
150年前―――というか、エルフ内での知識として。
人間の精霊力と魔力の割合は、5対5と言われていた。
これがエルフの場合は8対2程度、伝説種のハイエルフはほぼ10対0だ。
一方、ホビットはエルフと逆に2対8程度であり、魔力の占める割合がかなり高い。
かつては、亜人種の中でも精霊力の大小により『亜上人』『亜下人』と呼び分けられていたが、そんな呼び名は人間の世界ではすでにない。
今の世の中で、精霊力はすでに過去の力であり過去の尺度であるのだ。
「まあ詳しい話はまたの機会にするけどね。
精霊力を扱えるなら、魔術を使っても魔力的な変化はないはず。
魔術の使用による魔力の変化を感知できる魔導具があるので、それを使えば精霊力で魔術を使っていることは分かるはずだよ」
魔術講義を中断し、今必要な情報を語るバーニア。
そもそも魔導具とは何ぞやというところから分かっていないのだが、その辺も含めて後日教えてもらえばいいだろう。
「なるほど、分かりました。
でもツバサも―――った!」
「ん、どうしたのかな?」
ツバサのことを言おうとするマーリィが、悲鳴をあげて言葉を切った。
テーブルの向こうのスェンディ組からは見えて居なかったが、先ほどまでツバサの太ももを抓っていた由梨の指が、今はマーリィの太ももを責めている。
ズボン越しなので痛みの程は不明だが、少なくともツバサは十分痛かった。
「翼おにぃちゃんも、いつかは、まじゅつつかえるといいね!」
「ああ、そうだな。
今度詳しい話を教わる時にでも、魔力の扱い方も教えてもらえるといいな」
「そのときは、わたしもいっしょに、やる!」
由梨のフォローか制止か、いずれにせよ口裏を合わせる。
ツバサ自身は、自分が考えるより妹の意見に従った方が色々な意味で最適だと思っていた。
―――女性関係とか、胸関係については妹の意見に従えない。そこに、熱い想いと浪漫があるのだから。
絶対従えない。従わない。そう、絶対にだ!
「精霊力を扱うエルフに教えられるか分からないが、機会があればよろしく頼むよ。
それでは、今日は休み明日から王城へ向かうということでよろしいですね?」
「よろしくお願いします」
バーニアの言に頭を下げるツバサ。マーリィとマユリもあわせて、スフィも遅れて頭を下げる。
「ということで、よろしいですねネル様」
「ああ、判断は全面的にバーニアに任せている。問題ない」
ネルの返事に、バーニアが明るく微笑む。
(……本当に残念だ)
頭が抹茶ソフトでなければ、笑顔の似合う美人であるのに。
黒いローブに包まれた身体を見ても、剥いて肢体を拝みたいという気持ちより『竹炭コーンかな? イカスミコーンかな?』という疑問が先に浮かんでしまう。
ツバサをして、女性を感じさせない美女。そういう意味では稀有な存在なのかもしれない。
「では、決定ですね。
そういうわけですから、ネル様には城へ戻っていただきます」
「む、なぜそうなるのだ?」
「身の安全と客人としての扱いを、ネル様の名の下に約束したのですから。
ネル様が連れて行かないと、彼らの安全と扱いが約束されませんよ?」
「む、むむむ……」
ネルが眉間にしわを寄せて呻く。
その向こうで縛られたままのダイゼンが目を輝かせたが、そちらは無視。ツバサを向き小さく微笑むバーニア。
「ツバサくん達も、約束が果たされないと困るからな?」
「ああ、非常に困る。
困るというか、約束を違えられるようでは協力はできないな」
「それはこちらも困るね。
なんとしても、お互いの約束を守らなければいけないんじゃないかな?」
「おのれバーニア、謀ったな!」
「はい、謀りました。
ですから諦めて、明日は王城へお戻りください」
「せっかく一番槍として出向いたというに、戦いもなく戻るなどと……ぬぬぬ」
美貌に、凄みさえ感じる悔しさを滲ませるネル。
そんな主の表情に、バーニアは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
なるほど。
猪突猛進の姫騎士、頭脳担当の腹黒魔術師、口うるさいおっさん。
色々な意味でバランスの取れた三人と言える。
力関係的には、 バーニア > ネル >>>>>>>>>>>>>>>>> おっさん と言ったところか。
「ちなみに、城は遠いのですか?」
「ここは王都から一番近い宿場になる。
なので、馬車で一日だな」
「馬車……いや……」
ツバサの様子に怪訝そうな表情を浮かべる。事情?を知るネルが
「徒歩で二日だ。
歩けぬ距離でもない」
「そんな、ネル様に歩かせるわけにはいきませんよ。
それに時間ももったいない」
「ツバサが乗り物が駄目だそうだ」
「なるほど」
得心いったとばかり、ツバサを向いて微笑み。
「死ぬ気で耐えて下さい」
「ひ、ひぃぃ」
死刑を宣告した。
「私が同行するわけにはいきませんので、ネル様と護衛をつけますが。
お望みでしたら、入眠用の薬などご用意しましょう」
さすがに、ネルのみでなくバーニアまで外れるとなると、戦力の低下が著しい。
エルフの話に興味はあるが、先発隊唯一の魔術師としてここで引き上げるわけにはいかない。
魔力の無駄遣いもできないが、まぁ薬を用意するくらいはいいだろう。
「お、お願いします……」
「わたしもほしい!」
「ええ、分かったわ」
薬の使い道を疑うこともなく頷くバーニア。
それはそうだろう。まさかこんな幼女が、眠り薬をあんな用途に使おうと考えているなどとは思うまい。
「それではネル様と皆さんは、明日の朝食後に王都へ向かうということで。よろしくお願いします」
「わ、わかりました……」
「はい、よろしくお願いします」
「おねがいしまーす」
旅人達の返事に、笑顔で頷くと。
「よろしいですね、ネル様?」
「わ…かった……」
ツバサと同じくらい死にそうな風で、ネルもしぶしぶ頷くのであった。
その後。
部屋割りを決定するのに、ツバサと由梨とマーリィの主張が食い違い、激しいバトルを勃発させるのだが。
最終的には、ツバサ&スフィと、マーリィ&由梨の、面白味の欠片もない性別分けとなったことだけを記しておくとしよう。
やっと話がまとまって、城へ向かうこととなった一行。
果たして無事に着けるのか、城で何が待つのか。
そもそも馬車に乗っても大丈夫なのか。
次回『ツバサは言いなりになった』
―――それ以前に。無事に、明日を迎えられるのだろうか。




