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精(霊)力をぶちかませ! ~妹幼女と精兄と~  作者: 岸野 遙
第二章 うさ耳兵士のご奉仕はいんぼうでした
47/62

エルフは招かれた

 テーブルのこちらには―――


 いや、このくだりはもういいだろう。

 ツバサはまだロープで縛られていない。いちいち中断しても仕方ないと話を続ける。


「さて、次はこちらに質問させて欲しい。答えられる範囲で頼む」

「はい」

「まず君たちは、なぜ旅に出たのかね?」

「記憶喪失だったので、記憶を探しにです」


 バーニアの質問に、ツバサはすらすらと答える。

 ついで視線を向けられたマーリィは、


「え……っと、あの、マユリが……」

「翼おにぃちゃんといっしょにいるの!」


 キラキラとした―――キラキラとし過ぎた笑顔で、由梨が目の前の二人を見る。

 そんな幼女の眼差しには、先ほど浮いた嫉妬や怒りの影は全くなかった。

 あどけない煌めきに、わずかに微笑むバーニア。騙されている……と言っていいのか否か難しいところだが、そうとも知らずに。


「あと、まーりぃさんも、おにぃちゃんといっしょにいたいって」

「そ、そんなこと言ってません!」

「きゃはははー」


 身体を揺らして笑う由梨を、落ちないように抱きかかえるマーリィ。

 こうしてみると、普通の親子にしか見えない。

 普通の、親と小さな子供にしか見えない。


「名前以外に何も覚えてなかったオレを心配してくれたのと、なんだかやたらと気に入られたのと。ですね」

「なるほど。

 他に何も覚えてないのか?」

「思い出せなかったり、気分が悪くなったりするので、今のところは何とも言えません」


 若干申し訳なさげに、曖昧な返事をする。

 ネルに顔を向けられると、バーニアが小さく頷いた。



 ちなみに、驚かれるかもしれないが、ツバサは嘘をついていない。

 少なくとも、本人は胸を張ってそう思っている。


『こちらの世界に来た直後は』名前以外に何も覚えてなかったオレを心配してくれたのと、なんだかやたらと気に入られたのと。

『リーファに封印された記憶については』思い出せなかったり、『馬に揺られたので』気分が悪くなったりするので、今のところは何とも言えません『つまり思い出せないとも言えません』


 腹の中を探ってみれば、多少、ちょびっと、ほんの少しだけ黒い発言である。

 嘘はついていない。相手が勝手に勘違いしているだけ。


 ツバサの嘘に敏感すぎる由梨をやり込めるために編み出した、ツバサなりの嘘をつかない手段であった。

 その結果、しばらくは効果があった。

 ツバサ自身は気づいていないが、由梨はツバサが嘘をついた時の癖を見分けていたのだ。

 腹の中に『嘘をついていない』という自信があるからか、腹黒発言中にはそのクセは発動していない。

 まあ日本にいる間は、ツバサの嘘の大半は由梨のためであったからこそ、嘘をつかれたからと言って由梨も怒ったりしなかったのだが。


 さておき。


「嘘はないようですね。

 すみません、確認させていただきました」


 平然と告げて謝るバーニア。どうやら嘘を見破る魔術か何かを使っていたようだ。


(あ、あぶねぇぇぇ)


 念のため―――というより、咄嗟に腹黒モードで嘘抜き言葉で回答してしまっていたが。どうやらそれが功を奏したようだ。


「ただ、150年も姿を現さなかったエルフが森から現れたとなると、ただ事ではありません。

 真偽を確認した後、上に話を通すべきでしょう」

「わかった。

 私は判断を放棄している、全てバーニアに任せるぞ」


 スェンディ三人組の二人が言葉をかわし方針を固めるのを、しかし遮る者があった。

 このまま背景に同化して忘れ去られるばかりであった、ぐるぐる巻きのダイゼンである。


「むぅー、むぅー!」

「ん、なんだダイゼン?」

「ふむむぅ、むんふむふふむふぅ!」

「いや、わからんぞダイゼン」


 必死な形相で何かを叫ぶが、当然伝わらないその言葉。

 なぜか由梨だけが、ふんふんと頷いていた。


「むぅぅむ、むぅふむっぅふむぅむふぅむっふふむむんふ!」

「うるさいぞ、ダイゼン。しばし黙っておれ」

「姫様、解きますか?」

「いや、時間がもったいないし無用だ」


 ふむむぅー!と叫ぶダイゼンだが、待遇は変わらなかった。

 そんな様を面白がって見ていた由梨が、ジュースを吸いながら


「ひめさま、なさけないですとか、わたしをほどいてとか、そんなこと、いってたきがするよ?」


 何事もないように、中途半端に通訳してみせた。

 ネル、バーニア、マーリィの女性三名が少しだけ驚いた表情をしてみせたが


「そうか、すごいな」

「ユリちゃんは頭がいいんだね」

「えへへー、ほめられたの!」

「よかったわね」


 せっかく通訳された言葉の内容については、対応する者はおろか、誰一人として触れる者さえ居ない。

 その姿に、男の扱いなんてこんなもんだよねと、なんとなく同情と哀愁を感じるツバサであった。




「さて。

 我々からすれば、不帰かえらずの森のエルフが姿を現したとなると、これは国家的に一大事と言わざるを得ないんだ。

 たとえ理由がただの旅だとしても、この150年で一度も聞いたことのない事例だからな」

「それじゃぁ、オレ達はどうなるんだ?」

「敵軍の斥候であるという疑いは晴れているよ。

 だが、伝説のオーワン様の村の者、あるいは教えを受けた者となれば歓迎しないわけにはいかない。

 君たち―――マーリィくんが本当にエルフであるなら、スェンディの王城へ招かれて欲しい」

「逮捕ってことか?」

「いや。

 客人として、もし良ければ君たちの知る話を聞かせて欲しい」


 バーニアのセリフに、不安そうな顔で隣のツバサを見るマーリィ。

 言っている内容は穏当だが、実体は分からない。字面通り受け取る程、マーリィだって頭がお花畑なわけではない。


「150年の歴史、エルフの技術、状況や大精霊の話……ってところか?」

「ご名答。ツバサくんはなかなか聡明なようだね」


 そりゃどーも、と気のない返事をしつつ考える。

 150年の月日。エルフの村で得た常識と、こちらの人間世界の常識がどれほど離れているのか。

 あるいは、エルフである由梨とマーリィが、人間の国を旅することがいかなるものであるか。


 得るものとリスクを考えつつ、眼前のネルとバーニアを見る。


「身の安全の保証がないと、受け入れ難いな」

「そのくらいの警戒はしてくれて構わないよ。

 逆に君たちからすれば、人間の方が150年ぶりに見る異種族にあたるのだろうから」


 あ、ツバサくんが人間だったか。と軽い調子で付け加えるバーニア。

 言葉の通りとばかりに頷くマーリィに、きょとんとした顔で二人を見比べる由梨。

 スフィはジュースを飲み終わったので、暇そうに足をぶらぶらさせていた。我関せず。


「ただ、情報が欲しいことも確かだ。

 あなた方について行って話を聞くのと、街で聞くのとどちらがいいのかもよくわからない。

 そもそもこのまま街へ行くことが、由梨やマーリィにとって危険かもしれないからな。

―――だから、どちらかと言えばついて行くべきかと考えているよ」

「正直だね。

 不安を隠し、交渉して都合のいいようにとか考えなかったのかい?」


 驚くような、からかうような。あるいは疑うようなボーニアの声。

 それに対し、ツバサは何も持ってないことを示すように手をひらひらと振った。


「分かっているのは手札だけ、場札さえ見えないようではね」


 トランプやカードゲームの概念が通じるのかは分からないが。

 気にせずに続ける。


「現状でオレ達に見えている札が少なすぎる。

 分かるのは、オレ達の手札と、150年という時間。それと―――」


 特に意識したわけではない。

 わけではないが、ツバサはネルの瞳を見つめて静かに続けた。


「今こうして言葉をかわした、あなた方の人柄くらいだな」

「なるほど。

 つまり我らは、信用に足るということか」

「少なくとも、見知らぬ『街』という存在よりもはね」


 ツバサの言葉に頷くネル。


「いいだろう。

 ネブルフォーデ=フィナ=スェンディの名の下に、貴公らが敵対せぬ限り、身の安全と客人としての扱いを約束しよう」

「承りました。

 ありがとうございます」


 頭を下げるツバサにあわせ、マーリィも頭を下げる。

 よく見れば、スフィも3センチくらいだけ頭を下げていた。

……もしかしたら、手にした空コップの中の雫を覗き込んだだけかもしれないが。それは判ずるべきではないだろう。


「それも、マーリィくんが本当にエルフであれば、だからね?」

「分かってるよ。

 でも、どうやってエルフかどうか判断するんだ?」


 150年ぶりに姿を現したエルフ。

 150年間交流がなかった、はずの存在。


「城に戻れば、使えそうな魔導具があるんだ」

「魔導具?」

「うん。魔術の使用による魔力の動きを感知する魔導具があるよ。

 あ、エルフは精霊力で魔術を使えるんだよね?」

「え、えぇ……

 ひょっとして、あなた方は魔力でも魔術を使えるのですか?」

「うん。

 と言うか魔力でしか魔術を使えない、が正解だね」


 驚きの表情を浮かべるマーリィに向け、何気ないことのようにバーニアは言葉を続けた。



「今の時代、精霊力を使える人間や亜人なんて普通は居ないからさ」


『精霊力を使えない』

エルフとして、あるいはエルフに教えを受けた異界の旅人として、常識が根底から覆される。

果たして、150年を隔たる人間の世界はいかに。


次回『王女様は戻された』


―――作品タイトルは『魔力をぶちかませ』に変わってしまうのでしょうか


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