エルフは招かれた
テーブルのこちらには―――
いや、このくだりはもういいだろう。
ツバサはまだロープで縛られていない。いちいち中断しても仕方ないと話を続ける。
「さて、次はこちらに質問させて欲しい。答えられる範囲で頼む」
「はい」
「まず君たちは、なぜ旅に出たのかね?」
「記憶喪失だったので、記憶を探しにです」
バーニアの質問に、ツバサはすらすらと答える。
ついで視線を向けられたマーリィは、
「え……っと、あの、マユリが……」
「翼おにぃちゃんといっしょにいるの!」
キラキラとした―――キラキラとし過ぎた笑顔で、由梨が目の前の二人を見る。
そんな幼女の眼差しには、先ほど浮いた嫉妬や怒りの影は全くなかった。
あどけない煌めきに、わずかに微笑むバーニア。騙されている……と言っていいのか否か難しいところだが、そうとも知らずに。
「あと、まーりぃさんも、おにぃちゃんといっしょにいたいって」
「そ、そんなこと言ってません!」
「きゃはははー」
身体を揺らして笑う由梨を、落ちないように抱きかかえるマーリィ。
こうしてみると、普通の親子にしか見えない。
普通の、親と小さな子供にしか見えない。
「名前以外に何も覚えてなかったオレを心配してくれたのと、なんだかやたらと気に入られたのと。ですね」
「なるほど。
他に何も覚えてないのか?」
「思い出せなかったり、気分が悪くなったりするので、今のところは何とも言えません」
若干申し訳なさげに、曖昧な返事をする。
ネルに顔を向けられると、バーニアが小さく頷いた。
ちなみに、驚かれるかもしれないが、ツバサは嘘をついていない。
少なくとも、本人は胸を張ってそう思っている。
『こちらの世界に来た直後は』名前以外に何も覚えてなかったオレを心配してくれたのと、なんだかやたらと気に入られたのと。
『リーファに封印された記憶については』思い出せなかったり、『馬に揺られたので』気分が悪くなったりするので、今のところは何とも言えません『つまり思い出せないとも言えません』
腹の中を探ってみれば、多少、ちょびっと、ほんの少しだけ黒い発言である。
嘘はついていない。相手が勝手に勘違いしているだけ。
ツバサの嘘に敏感すぎる由梨をやり込めるために編み出した、ツバサなりの嘘をつかない手段であった。
その結果、しばらくは効果があった。
ツバサ自身は気づいていないが、由梨はツバサが嘘をついた時の癖を見分けていたのだ。
腹の中に『嘘をついていない』という自信があるからか、腹黒発言中にはそのクセは発動していない。
まあ日本にいる間は、ツバサの嘘の大半は由梨のためであったからこそ、嘘をつかれたからと言って由梨も怒ったりしなかったのだが。
さておき。
「嘘はないようですね。
すみません、確認させていただきました」
平然と告げて謝るバーニア。どうやら嘘を見破る魔術か何かを使っていたようだ。
(あ、あぶねぇぇぇ)
念のため―――というより、咄嗟に腹黒モードで嘘抜き言葉で回答してしまっていたが。どうやらそれが功を奏したようだ。
「ただ、150年も姿を現さなかったエルフが森から現れたとなると、ただ事ではありません。
真偽を確認した後、上に話を通すべきでしょう」
「わかった。
私は判断を放棄している、全てバーニアに任せるぞ」
スェンディ三人組の二人が言葉をかわし方針を固めるのを、しかし遮る者があった。
このまま背景に同化して忘れ去られるばかりであった、ぐるぐる巻きのダイゼンである。
「むぅー、むぅー!」
「ん、なんだダイゼン?」
「ふむむぅ、むんふむふふむふぅ!」
「いや、わからんぞダイゼン」
必死な形相で何かを叫ぶが、当然伝わらないその言葉。
なぜか由梨だけが、ふんふんと頷いていた。
「むぅぅむ、むぅふむっぅふむぅむふぅむっふふむむんふ!」
「うるさいぞ、ダイゼン。しばし黙っておれ」
「姫様、解きますか?」
「いや、時間がもったいないし無用だ」
ふむむぅー!と叫ぶダイゼンだが、待遇は変わらなかった。
そんな様を面白がって見ていた由梨が、ジュースを吸いながら
「ひめさま、なさけないですとか、わたしをほどいてとか、そんなこと、いってたきがするよ?」
何事もないように、中途半端に通訳してみせた。
ネル、バーニア、マーリィの女性三名が少しだけ驚いた表情をしてみせたが
「そうか、すごいな」
「ユリちゃんは頭がいいんだね」
「えへへー、ほめられたの!」
「よかったわね」
せっかく通訳された言葉の内容については、対応する者はおろか、誰一人として触れる者さえ居ない。
その姿に、男の扱いなんてこんなもんだよねと、なんとなく同情と哀愁を感じるツバサであった。
「さて。
我々からすれば、不帰の森のエルフが姿を現したとなると、これは国家的に一大事と言わざるを得ないんだ。
たとえ理由がただの旅だとしても、この150年で一度も聞いたことのない事例だからな」
「それじゃぁ、オレ達はどうなるんだ?」
「敵軍の斥候であるという疑いは晴れているよ。
だが、伝説のオーワン様の村の者、あるいは教えを受けた者となれば歓迎しないわけにはいかない。
君たち―――マーリィくんが本当にエルフであるなら、スェンディの王城へ招かれて欲しい」
「逮捕ってことか?」
「いや。
客人として、もし良ければ君たちの知る話を聞かせて欲しい」
バーニアのセリフに、不安そうな顔で隣のツバサを見るマーリィ。
言っている内容は穏当だが、実体は分からない。字面通り受け取る程、マーリィだって頭がお花畑なわけではない。
「150年の歴史、エルフの技術、状況や大精霊の話……ってところか?」
「ご名答。ツバサくんはなかなか聡明なようだね」
そりゃどーも、と気のない返事をしつつ考える。
150年の月日。エルフの村で得た常識と、こちらの人間世界の常識がどれほど離れているのか。
あるいは、エルフである由梨とマーリィが、人間の国を旅することがいかなるものであるか。
得るものとリスクを考えつつ、眼前のネルとバーニアを見る。
「身の安全の保証がないと、受け入れ難いな」
「そのくらいの警戒はしてくれて構わないよ。
逆に君たちからすれば、人間の方が150年ぶりに見る異種族にあたるのだろうから」
あ、ツバサくんが人間だったか。と軽い調子で付け加えるバーニア。
言葉の通りとばかりに頷くマーリィに、きょとんとした顔で二人を見比べる由梨。
スフィはジュースを飲み終わったので、暇そうに足をぶらぶらさせていた。我関せず。
「ただ、情報が欲しいことも確かだ。
あなた方について行って話を聞くのと、街で聞くのとどちらがいいのかもよくわからない。
そもそもこのまま街へ行くことが、由梨やマーリィにとって危険かもしれないからな。
―――だから、どちらかと言えばついて行くべきかと考えているよ」
「正直だね。
不安を隠し、交渉して都合のいいようにとか考えなかったのかい?」
驚くような、からかうような。あるいは疑うようなボーニアの声。
それに対し、ツバサは何も持ってないことを示すように手をひらひらと振った。
「分かっているのは手札だけ、場札さえ見えないようではね」
トランプやカードゲームの概念が通じるのかは分からないが。
気にせずに続ける。
「現状でオレ達に見えている札が少なすぎる。
分かるのは、オレ達の手札と、150年という時間。それと―――」
特に意識したわけではない。
わけではないが、ツバサはネルの瞳を見つめて静かに続けた。
「今こうして言葉をかわした、あなた方の人柄くらいだな」
「なるほど。
つまり我らは、信用に足るということか」
「少なくとも、見知らぬ『街』という存在よりもはね」
ツバサの言葉に頷くネル。
「いいだろう。
ネブルフォーデ=フィナ=スェンディの名の下に、貴公らが敵対せぬ限り、身の安全と客人としての扱いを約束しよう」
「承りました。
ありがとうございます」
頭を下げるツバサにあわせ、マーリィも頭を下げる。
よく見れば、スフィも3センチくらいだけ頭を下げていた。
……もしかしたら、手にした空コップの中の雫を覗き込んだだけかもしれないが。それは判ずるべきではないだろう。
「それも、マーリィくんが本当にエルフであれば、だからね?」
「分かってるよ。
でも、どうやってエルフかどうか判断するんだ?」
150年ぶりに姿を現したエルフ。
150年間交流がなかった、はずの存在。
「城に戻れば、使えそうな魔導具があるんだ」
「魔導具?」
「うん。魔術の使用による魔力の動きを感知する魔導具があるよ。
あ、エルフは精霊力で魔術を使えるんだよね?」
「え、えぇ……
ひょっとして、あなた方は魔力でも魔術を使えるのですか?」
「うん。
と言うか魔力でしか魔術を使えない、が正解だね」
驚きの表情を浮かべるマーリィに向け、何気ないことのようにバーニアは言葉を続けた。
「今の時代、精霊力を使える人間や亜人なんて普通は居ないからさ」
『精霊力を使えない』
エルフとして、あるいはエルフに教えを受けた異界の旅人として、常識が根底から覆される。
果たして、150年を隔たる人間の世界はいかに。
次回『王女様は戻された』
―――作品タイトルは『魔力をぶちかませ』に変わってしまうのでしょうか




