旅人は森から来た
テーブルのこちらには、マーリィ+由梨、ツバサ、スフィの順に。
向かいには、ローブ姿、ネル、兵士の順に。
コップの中身は改めて足され、つい15分ほど前と全く同じように着席して向き合う面々。
そう、全く同じように着席しているが。
まるで間違い探しのように、数点だけ差異があった。
一つ。ツバサの顔に、蹴り跡があること。
一つ。由梨のちっちゃなおててが、ツバサのふともも(頬には手が届かなかったのだ)を一生懸命抓っていること。
一つ。マーリィとツバサの間の距離が、先ほどよりも少しだけ遠いこと。
由梨の絶叫やツバサの慟哭、マーリィの蹴りなどなど。
あれらの嵐を考えれば、その後の様子としては軽度な差異である。
誤差どころか、気のせいと言っていいレベルかもしれない。
この部屋は、この宿に二部屋ある大部屋のうちの片方である。
宿泊客も他にないと言うことで、ネル達が一時的に借り受けて会議室として使っていた。
さておき。
随分と暗くなった窓の向こうを一度見てから、ようやくと言うべきか、ネルが口を開いた。
「さて、まずは我々の自己紹介からだな。
私の名前はネブルフォーデ=フィナ=スェンディだ。
今は一介の兵士に過ぎぬ、敬語も不要でネルと呼んでくれ」
「ネブルフォーデ様、流石にそれは度が過ぎますぞ」
「固いことを言ってくれるな、ダイゼン。
煌びやかな生活より槍を振り回す方が似合っているのは、皆の知るところであろう?」
「槍を繰る姿が素晴らしいことは認めますが、それでもあなたはこの国の王女なのです。
もう少し―――」
「ダイゼン殿、そのくらいにしようではないか。ここは城内ではないのだからな」
なおも言い募る兵士を、ローブ姿の涼しげな声が遮った。
言いながら、頭に被っていたフードを取り払う。
「そふとくりーむ?」
現れた顔を見た由梨の第一声は、ソフトクリームだった。
おそらく長い緑髪が、頭の上でソフトクリームのように巻いて積まれている。
日本人に対しては、抹茶ソフトと言った方がよりわかりやすいだろう。
これがもし、茶色だったならば……
いや、茶色だったらチョコソフトだよ?
もしこちらに小学校とかあるならば、いじめられていたかもしれないが。
「そふと……なんだい、それは?」
「うぅん、なんでもないの」
異世界にソフトクリームはないらしい。そんな限定的でどうでもいい情報を仕入れつつ、由梨は被りを振った。
次に口を開いたのはツバサである。
「……エルフ?」
「違う違う、私はホビットだよ。
私の名前はバーニア、ホビットの身ながらスェンディで魔術師をしている」
驚いたような、感心したような顔をするツバサとマーリィ。由梨は俯いていて表情が見えなかった。
(ホビットも居て、エルフみたいな耳なんだなぁ)
(他の亜人にも、私たちみたいに耳の長い種族がいたのね)
「やはり旅人と言えど、魔術師は珍しいかい?」
「え?」
そんな旅人三人組の驚きは、スェンディ三人組が想像しているものとは実は違ったようだ。
「魔術師って、珍しいの?」
「いえ、そんなことはないと思いますが……」
「あー……」
ツバサの質問に、やんわりと否定するマーリィと呻くスフィ。対照的とまでは言わないが、明らかに異なる反応だ。
彼らのそんな反応が面白いのか、バーニアは言葉を続ける。
「確かに、我々ホビットからすれば特別珍しくはないと思うが。
人間種にとっては珍しいと思うんだがなぁ」
ひょっとして、驚かれなかったことが残念だったのだろうか。
コップに口をつけ、ちょっとだけ拗ねたように言うバーニアが可愛らしい。
「ん、他の人もホビットなの?」
ネルの耳も、まだ名乗ってない兵士の耳もツバサと同じく普通の人間。
もしかしたら見て判断つかないだけで異種族かもしれないが、少なくとも耳が尖っている種族ではないだろう。
「何を言っているんだ。
君たちもホビットだろ……う?」
目線でマーリィを示し、言葉の途中で首を傾げる。
あれ、おかしい。目の前のこの女性は、なんだか耳が尖り過ぎているのではないか?
「いいえ、私とマユリはエルフです。ツバサはにんげ―――」
「エルフだと!?」
声を荒げて立ち上がるダイゼン。
「え、え?」
「まさかお主らは、不帰の森のエルフなのか!」
ダイゼンの勢いに押され、気持ち後ろに下がっているマーリィとツバサ。
揺れたコップを回収し、いつも通り平常運転のスフィ。
なぜかバーニアを睨んでいる由梨。これもある意味平常運転と言えるのかもしれない。
「かえらず?」
「あ、オレ達が出てきた森が、そんな風に呼ばれてる、んですよね?」
「……そうだ」
マーリィの疑問に答えつつ、言葉の後半はネルに確認を取る。
王都スェンディから北東に位置する森。
マーリィにとっては故郷の。
ツバサにとってはスタート地点の。
そしてスェンディ三人組にとっては―――
「『風の標』のオーワンと森の大精霊の作り出した、百五十年に渡り人間を退ける不帰の森。
まさか、そこからエルフが出てくるなどと―――」
「あれ、オーワンのおっさんって有名人なの?」
「おっさんだと!?
オーワン様をおっさん呼ばわりなど、何事であるか!」
立ち上がる際に跳ね飛ばされた椅子が、倒れて床に転がるのもいとわない。
何気なく―――本当に、意図せずぽろっと呟いたツバサの言葉に、青筋立てる勢いで絶叫するダイゼン。
「え、え……?」
「あ、あの……」
否、青筋立てる勢い、ではなく。実際に青筋立ってる。明らかに血圧上がってる。たくさんツバ飛んでる。
ダイゼンの目の前に居たスフィは己のコップを避難させ、ツバサとマーリィはその剣幕に二の句が継げなかった。
「前大戦の勇士!
エルフの最強闘士!
そして―――」
「そして?」
先ほどの由梨のように―――ただしこちらはこの中で一番背が高い―――仁王立ちで拳を握り、目を吊り上げて。
心の内より迸る、万感の想いを解き放つ!
「独身男性の星、ハーレムの主、『諸手に花』のオーワン!」
「ちょ、それ!」
「いやぁぁぁっ!」
短期弟子は突っ込み、実の娘は叫び。
「いや、叫ぶところはそこじゃないだろう?」
呆れた顔のネルを挟んで、バーニアもまた呆れ顔で小さく突っ込むのであった。
旅人三人組の漫才が終わり、改めて持たれた話し合いの場。
しかし今度は、この場に居ないオーワンが(兵士経由で)これでもかと引っ掻き回す。
軌道修正なるのか、そもそも軌道修正は要るのか?
次回『おっさんは伝説だった』
―――いつかツバサは、伝説を越えられるのだろうか
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あとがきがわりに、独白?と今後の予定?などを活動報告&ブログにぺたりしました。
気が向かれましたら、是非。
せっかくのクリスマス&お正月、なんかしたいものですね。
いや、クリスマスも年末もお仕事なんですけど。




