ツバサは再会した
小さい頃から、乗り物にはあまり強くなかった。
と言っても気分が悪くなるだけで、早々吐いたりはしていない。せいぜい、学校の遠足でグロッキーになっていたくらいだ。
だが4年前の事故以降、乗り物酔いは悪化した。特に慣れない船や長距離バスはぼろぼろだったよ。
それでも最近は、病院へ行くためにバスを使っていたこともあって、随分慣れたと思ってたんだけどね。
だが、さすがに疲労困憊ではやばかった……
馬の揺れが不慣れだったのもあるかもしれない。
いずれにせよ、数分程度で簡単にノックアウトされた感じだった。
馬こわい……
異世界だと馬車とかもあるんだろうけど、乗れる気がしない……
そんなことを言ったら、マーリィからも由梨からも微妙な顔をされたのでした。
「おにぃちゃん、なさけない……」
「仕方ないだろ、昔っから苦手なもんは苦手なんだよ」
「だめですとっくんです、きょうからまいばん、よるはゆりにまたがってとっくんです! あんあん」
「アホか、何もかもがアホか!」
「変態です、マユリに変なこと教えないで下さい!」
――― ――― ――― ――― ―――
「今戻った」
「おかえりなさいませ、ネル様。
ネル様の出発後に母娘が来ましたので、駅の本部へ通しておきました」
「ありがとう」
宿場についたツバサとネル。門番の兵士と挨拶を交わすと、ネルは馬を引いたまま宿場の中へ入っていった。
ツバサの感覚からすれば、宿場は小さかった。門から反対の門が見え、通りに建物は5,6軒程度か。
通りの右手中央には『駅』と呼ばれる巨大な建物があった。
宿場には必ず宿屋が必要であり、食堂が必要であり、蝕天や天の影に関する国軍の施設も必要であり。
そういった『必ず宿場に必要になる機能』をまとめたのが、この駅という施設であった。
他にも規模によっては、冒険者ギルドの派出所があったり、簡易的な薬局などを兼ねている場合もある。
そんな駅を中心に、馬屋や職員の実家、倉庫などが並んでいた。
駅以外には店舗も飲食店もなく、情報と物資を運ぶ馬車をもって公的に運営されているのが、この場所の宿場である。
規模の異なる宿場によっては、村や町と呼んで差し支えの無いものや、逆に駅と馬屋しかない場合もあった。
だいたい50キロ。徒歩なら二日、馬車なら一日弱の距離で設置されている宿場。
いずれの場合であっても、宿場の役割は街道を旅する者の宿泊所であり、旅人にその地の情報を与え、また蝕天などの情報を集めるためのものであった。
どこに発生するか分からぬ天の影である。宿場ごとに管轄地域が決められており、駐留の兵士は天の影の確認と報告が義務付けられている。
今は蝕天を越え月後半であるため、天の影探しや蝕天対応の準備は必要ないが、あと数日もすれば月も変わる。
その後は兵士も馬を駆り、天の影探しに奔走することだろう。
この時点ではそんな事情を知らず、ツバサはネルに連れられて初めて訪れる宿場を色々見回していた。
色々見回せる程度には体調も気分も回復した様子を見て、馬を引くネルが尋ねる。
「ただの宿場だが、何か珍しいものであるか?」
「ああ、いや。そうでもないかな」
「そうか」
ネル自身、特に興味があったわけでも、会話がしたかったわけでもない。
程なく着いた馬屋で馬を預け、駅へと入った。
「おお?」
入口から入ると、まず見えるのは酒場とカウンターのあるロビーが半々だ。
そう、半々である。一つの入口を入ると、左手には酒場と食堂を兼ねたものがあり、右手には役所と宿屋の受付としてカウンターがある。
「おかえりなさいませ、ネル王女様!」
「城下を出ている今、王女様はやめてくれ」
「はっ」
カウンターの傍に立っていた兵士の挨拶に片手をあげて応じる。
隣に立っていたローブ姿もネルに対し深々と頭を下げた。
「ここを訪れた母娘の旅人はどうしている?」
「はっ、客人として宿の一室に通しております」
「わかった、案内してくれ」
「わかりました、こちらになります」
兵士に連れられて、ネルとツバサが駅の2階へ上がる。その後ろからローブ姿もついて来ていた。
宿場は木造で今にも壊れそう……なんてことはなく、材質などは分からないが良くも悪くも普通の建物であった。
階段の先の通路は、両側に戸の並んだ典型的な宿屋スタイルであった。
戸には部屋番号を書いた札がつけられており、そのうちの一つの前で立ち止まった兵士が戸を叩く。
すぐに中から返事があり、戸が開かれた。
「はい、なんでしょう?」
「マーリィ、無事だったんだな」
「ツバサ!」
ちょっと悪いかとは思いつつもネルを脇によけて、顔を出したマーリィに対し声をかけるツバサ。マーリィも嬉しそうな声を上げると、
「おにぃちゃん!」
「きゃっ」
由梨に突き飛ばされ、戸に掴まったままよろめいた。
「おにぃちゃん、だいじょーぶ?」
「おう、ただいま、由梨」
「へいきだった?
おそわれなかった?」
ぴょんぴょんとツバサに飛びついてはしゃぐ?由梨に、マーリィもネルも小さく笑顔を向ける。
無事を喜ぶ幼い妹と兄。ほほえましい光景である。
だがツバサだけには、由梨の声がちゃんと聞こえていた。
「(おひめさまおそったり)へいきだった?
(おっさんにほられたり)おそわれなかった?」
「大丈夫だよ!」
相変わらず思考がちょっと飛んでる由梨に、バレないように突っ込む。
傍目には、怪我はない・大丈夫という答えに見えていることだろう。
ただもしかしたら、ツバサの声の様子からマーリィはなんとなく気づいているかもしれないが。まあ知る術はなかった。
そんなマーリィも由梨の傍らに立ち、ツバサの無事な姿を確認して安堵の表情を浮かべている。
たとえ色々思う相手であっても、そこは旅の連れ。心配もするし、無事であれば嬉しいものだ。
マーリィは、安堵する自分に対してそんなことを考えていた。
「おや?」
マーリィも廊下に出たことで、開け放たれた戸から室内が見えたネルが小さく声を出した。
「ん?」
「あ、ツバサ。実は―――」
ネルの見ていた先、室内から。
ひょこりと突き出された、とんがり帽子。
「やっと着いたか、不出来な弟子よ」
「え、あれ?」
この世界の、数少ない知り合いの一人。
種族不明の、おそらくエルフ以外で唯一の知り合い。
「我を待たせるとはいい度胸だな、このゲス野郎」
「なんで会うなり、そこまで悪しざまに言われないといけないんだよ、スフィ!」
マーリィと由梨の居た部屋から出てきたのは、期待たがわず『ツバサの師匠』スフィであった。
宿場に着き、やっとたどり着いた駅には。
先行した母娘と、神出鬼没・年齢不詳のスフィ。
やっと来たツバサに、スフィさんは言いました。
次回『我は出番が欲しかった』
―――我は汝を助けに来たのだ




