旅立ちの前夜だからこそ(後編)
つづいた!
うおおおおお!
――― ――― ――― ――― ―――
背後から、オレを包みこむように回された両腕。
ほんの少しだけ込められた力、触れた肌から伝わる熱。
背に押し当てられたふくらみ。
思った以上に大きいと思われるふくらみ。
はやい鼓動。
首筋をくすぐる髪。
ほんのわずかに香る、花のような香り。
そして、熱い吐息。
う、うおおおおおお!!
なんなんだこの状況、何が起きちゃってんの!?
「ツバサさん」
「はいぃ!」
上ずったなんてもんじゃない声が出るが、そんなのどうでもいい。
なんつーか、身体も心もがちがちだ。
いや、嬉しいんだけど! 何がどうなってんの!?
たまんないんだけど、喜んでいいのかわからん!
「この村に来てくれて、ありがとうございました」
「え、えっと」
オレの意思じゃなくて連れてこられただけなんだけど。
あ、でもリーファにOKした以上はオレの意思ってことになるのか?
「この村を離れることとなるので、きっともう、会えないのでしょうけれど」
旅立ちとか言っても、いつでも戻って来れるよ!
レベル上げとか、最初の町周辺でないと宿代も敵の強さも辛いよ!
「あたしは、あなたに会えて、良かったです」
「ぁ……」
オレもオレも、良かったよ!
とか思っても、口に出来ない、口が動かない。
何を口にすればいいのかわかんねぇ。
良かった、って言っていいのか?
会えて良かった?
オレは、胸を張って、そう言えるのか?
「あたしの名前、分かります?」
相手は、きっとウェナさん。
青髪を一つに束ねていた、エルフのお姉さん。
でも、そのことにも、自信があるわけじゃない。
そんなオレに、何が言えるんだろう。
「―――ウェナさん」
「覚えててくれたんですね。
嬉しい……」
名前を覚えてることなんて、当然だと思う。
だけど、オレが彼女と会って話したのは、前回の宴の時だけ。
宴の席で、複数の女の子達の一人として会って話して。
最後には、スフィのせいで走り去られてしまった。
すふぃぃぃぃ……という恨みは、とりあえず今は我慢しつつ。
「あたし、えっちゃんやフォーテほどスタイルよくないし、ネーディアみたいに可愛くもないし。
名前を憶えててくれただけでも、幸せだし十分です」
いやいやいや、思ってたよりずっとあるよ! 背中が幸せだよ!
このウェナさんよりさらに。
あの二人はいったいどれほどの戦闘力なんだ……ごくり。
―――なんて考えてないよ!
「勇気を出して、会いに来て良かった。
後で抜け駆けしたって怒られちゃうだろうけどね」
そう言って耳元で微笑むと、抱く腕に力を込めてくれて。
「知らないでしょうけど、練習の時とか、何度も見つめてました。
必死で戦う姿も素敵で」
優しくて暖かくて。
聞いてるだけで、身体以上に心が熱くなる声。
「好きでした、ツバサさん。
行き遅れの年増エルフの、初恋でした」
そう微笑むウェナさんが、きっとたまらなく可愛くて、魅力的で。
その顔を見たい、ウェナさんを知りたい、そう思ったら
「ウェナさん!」
オレは腕を強く引いて、ウェナさんを正面から抱きしめていた。
「きゃあっ」
悲鳴を上げるウェナさんを、気にせず抱きしめる。
お互いの凹凸とかあれやそれや。
抱きしめる。
「お、オレはウェナさんのこと、まだ全然知らないし、好きだとか言えないけど!
こんなに柔らかくて温かいことも、こんなにいい匂いがすることも、こんなに、綺麗な顔なことも。
まだ全然、何も知らないけど」
「……はい」
恥ずかしいのか、オレの肩に顔を埋めてしまうウェナさん。
それでも、振りほどこうとしたり、嫌がるそぶりは見せずオレの腕の中に居てくれる。
「それでも今、ウェナさんが好きって言ってくれて、すごく嬉しいよ!」
そうだ。とても嬉しい。
「もっともっと、ウェナさんのことを知りたいって今想ってるよ」
「……ありがとう、ツバサさん」
控えめに、だけど。
ウェナさんもまた、オレの背中に腕を回し、抱きしめてくれる。
お互い全裸で抱き合ってるとか、意識したら駄目だ。
臨戦態勢を突破して暴発しそうだから駄目だ駄目だ駄目だ。
でも超感じちゃうよ。
ウェナさんの柔らかい肌、温もり、ふくらみ。匂い、空気、笑顔。
オレを見上げるウェナさんの、とても素敵な、眼差し。
「あたしは戦えないし、ツバサさんの旅についていけないけれど」
「ん……」
その言葉に、少しだけ悩んで口を開く。
「由梨だって戦えないし、別にかまわない。
―――とは、言えない」
オレの言葉に、でも笑顔のまま表情をかえず。
ウェナさんは無言で続きを促してくれた。
「オレはまだ、この世界のことが全く分からない。
魔物が居て命の危険がある以上、連れて歩くわけにはいかない」
由梨は妹で、オレは保護者だから。
命をかけても守る。
だけど、オレの手や力で、それ以上を守り切れるかは自信がない。あるわけがない。
由梨以外の人間に、命をかけることはできない。
だから。
「だから、ウェナさんを、今連れて行くことはできない」
そうだ。
オレは、きっとまだ、無力で。無知で。
そんなオレが、他人の命の責任を取ることはできない。
「ありがとう、ツバサさん」
「……お礼言われることじゃないよ、情けない」
「うぅん。
真剣に、あたしのことを考えてくれて、ありがとう」
真剣……うん、真剣だったと思う。
可愛い子が好きとか、ハーレムが欲しいとか、そう思うけれど。
女の子がオレのせいで不幸になるとか、そんなのは許せないじゃないか。
オレが、オレを許せない。
ウェナさんの安全を考えたら、連れて行くとは言えない。
魔物は、あれほど強くて。
戦えるエルフ達だって、何人も殺されたのだから。
「やっぱりあたし、好きになったのがツバサさんで良かった」
「……情けないオレなんかに、そういってくれてありがとう」
「情けなくない、かっこいいよ」
はにかむウェナさんは、とびきり綺麗で。
誰よりも可愛かった。
今この瞬間だけは、由梨のことさえ忘れるくらいに。
「ツバサさん」
「なに?」
「……もしよかったら、もっと、あなたのことを教えて下さい。
今夜だけは」
「わかった」
それから、一緒にお風呂に入り。
のぼせないように出たり入ったりして、二人で色んな話をして。
その後は場所を変え、さらに二人で色んなことを話したり離さなかったりした。
夜遅くまで、一夜限りの逢瀬を楽しみ。刻み。
「ツバサさん」
「なぁに?」
「あたしのこと、もし良かったら、忘れないでね」
「忘れるもんか」
オレにとっても初めてだったんだしな。
シスコンに彼女が居たことなんてないよ!
えろげオタに彼女が居たことなんてないよ!
「ウェナ」
「はい」
「例えば―――いつか、オレがもっと有名とか立派になって、あるいは旅をやめて」
「うん」
それは、ただの夢物語。
「屋敷とか構えたら、ハーレムやメイドに来るかい?」
「それって、プロポーズなのかなぁ?」
「……どうだろう」
言ってる内容は、かなり酷い。
うむ、さすがは我ながらえろげ脳。素面に返ったら死にそうな発言をした気がする。
だけど―――
「それがもし、プロポーズなら」
「うん?」
「あたしはエルフだから。
十年や二十年くらいなら、あなたを待ってるよ」
「お、おおお?」
う、受け入れてくれるとは!
「だから、あたしが自慢できるくらい、素敵なご主人様になってね?」
「なるなる、ちょー頑張る!」
「あは、調子いいんだから」
柔らかく、どこまでも優しく微笑んでくれるウェナを、また抱き寄せて口付け。
まあ、あれだ。
二人の夜は長いということで。
再び三度(以下略)オレ達は何度も愛し合うのでした。
いつかまた、こうして愛し合えることを願いながら―――
まさかの純愛エンドに打ち震えつつ。
幸せな未来の約束に、決意を新たにして。
次回『旅立ち』
―――そうして今日、彼らは旅立つ
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次回が第一章の最終回の予定です。
もしかしたら永遠の最終回になるかもごほごほ。
スフィ師匠の質問コーナーも、募集してました……気が向かれた方はお気軽にどうぞ。
それではまた、次回に。




