旅立ちの前夜だからこそ(前編)
血のつながった妹とか。
手を出しようがないオムツとか。
人のことをロリコンの性奴隷呼ばわりする幼女とか。
性別不詳、年齢不詳とか。
ていうか男とか。
まして衆道とか男色とかほもとか。
あと、散々酔って絡んだ挙句に。
人の顔面にぶちまける美女とか。
そういう、論外とか残念な人じゃなくてさ!
正統派の、心安らぐ美少女が欲しいんだよ!
ほんわかしたり、どきどきしたり、そういう淡い幸せ感が欲しいんだよ!
なんて、元の生活から考えたらすごい贅沢ですよね。
うん、わかってる。
でも求めてしまうんだよ。悲惨な有り様ばっかりだとな。
――― ――― ――― ――― ―――
「酷い目にあった……」
湯船の縁に頭を乗せ、ぼやく。
心なしかまだ酒臭い気もするが、多分気のせいだと思いたい。
思いたいんだけど……
「もう一回頭洗っとくか」
オレは三度目の洗髪のため、洗い場の椅子に腰を下ろした。
酔ってぶちまけられた後は、そりゃぁもう酒臭かった。
マーリィさんが飲んでばかりで食事は少なかったようで、ほぼ液体だったのは救いだったけれど。
それでも、悲惨なことには変わりない。
由梨からは、うわぁって言われて真顔で引かれた。
周りの人達も、一斉に1メートルくらい後ずさってた。
そのくらい悲惨だった。
泣きたかった。
当のマーリィさんはぐっすりお休みということで、オーワンが抱えて連れ帰り。
オレはテルスの案内で、広場から一番近くの公共風呂に連れてこられた。
洋服も回収されたが、こちらは家から別の服を持ってきてくれるそうだ。
さすがイケメン。汚れきった洋服を抱える時にも眉一つ動かさなかった。
まあ粗相をしたのがマーリィさんだからかもしれないが、それでも感謝だ。
臭そうに鼻をつままれたりされたら、心が音を立てて折れてたかもしれない。
うん。現代人、メンタル弱いんだよ。
自分のことについては、そりゃぁもう軟弱なんだよ。
泣きながら引きこもりたくなっちゃうくらいに。
そんなわけで。
椅子に座ったオレは、三度目の洗髪と四度目の洗顔をした。
もともと髪は短い方だし、洗うのに手間はない。
乾かすのだって、ドライヤーなくても問題ない。
ああ、でも最後に床屋いってからどれだけ経ったっけ?
ちょっと伸びてきたし、旅立ち前に切っておくんだったなぁ。
顔を洗いながらそんなことを考えると―――
「ん?」
戸が開かれ、誰かが入ってきたようだ。
そういえば急いで洗うのに必死で、鍵かけたり使用中の札(あるのか知らないが)掛けたりしなかったな。
こういう時って、なんて言うのが正解なんだろう?
銭湯とかだと無言だろうが、狭い村だとそうもいかないのかなぁ。
「こんばんは、お風呂借りてます」
当たり障りのない挨拶だけ掛けて、顔を洗い終わる。
後は頭から一気にお湯で洗い流せば終了だ。
片手で頭をわしわしとかき混ぜつつ、ざばーっと。
気持ちがいい。
日本人で良かったなぁと思う瞬間だ。
「ふぅ……」
「ツバサさん」
「え?」
いつの間にか背後に立っていた人から声を掛けられる。
どこか緊張した、女性の声。
って、女性!?
いやそういえば脱衣所に男女とかなかったけど!
「あ、あの、振り向かないで下さい」
「ぅあ、はい」
しまった、咄嗟に振り向けば良かった!
……なんてこと考えてないよ?
釘刺される前に行動すれば良かったなんて悔やんでないよ?
「あ、髪流しますね」
「お、お願いします」
ちょっと上ずった声で、動揺を隠せないオレ。
いや、動揺してるんだって!
悔やんでる余裕なんてないんだって!
そんなオレに、どうやら背後の彼女は小さく笑ったらしい。
くうう、見たい!
「それじゃぁ目をつぶって下さいね?」
「はい……」
背後なんか見えないと分かっていても、目をつぶるのはなんだかもったいない気がしてしまう。
くう。
ゆっくり、自分で掛ける時とは明らかに違う勢いで、お湯が頭に注がれ。
髪の間を優しく流れ落ちていく。
「綺麗な黒い髪ですね」
「そんなもんかな?」
「はい。この村には、黒髪のエルフは居ませんから。
なんていうか、神秘的で素敵です」
日本人には標準装備だと思うが、所変われば珍しいわけで。
「別に大事にしてるつもりも、自慢だとも思ったことはないんだけど。
褒められるとやっぱり嬉しいよ、ありがとう」
「はい」
もう一度、さらにゆっくりと。
両手で抱えた桶の湯で、髪を流してくれると。
彼女はオレの後ろに腰を下ろしたのか、背中から抱き着いてきた……!
う、うおおおおお!?
つづく!




