旅立ちの前夜だからと言って
大学生ともなると、普通飲み会っぽい集まりは多少はあるわけなんだが。
サークルや委員会の類に入らず、バイトと由梨の相手に明け暮れたオレには、あまり縁がなかった。
いや、大学入ってすぐの頃は、それなりに誘われたり行ったり色々あったんだけどな。
学年が進むに従い、友人付き合いは減り、由梨と過ごすばかりになっていた。
とは言え、貧乏だけど女の子大好きな身としては。
あんまりお金が掛からず、かつ女の子が参加するなら喜んでいきたいわけで。
可愛いエルフ子ちゃんが居るなら、諸手を挙げて大賛成なのですよ。
まあ。
そこは現実の飲み会と同じ。
女の子と一緒の席になれるかは分からないんだけどね。
――― ――― ――― ――― ―――
「リーファディオル様の信託に従い、ツバサくんとマーリィ、マユリは明日旅立つ。
我らが友と娘らの旅立ちを祝福し、またこの村の日々を労い、今夜の席を設ける」
先日と同じ、村の中央。
先日と同様に卓や椅子が並ぶ広場。
参加者も、前回と同じくらい多い。きっと全員参加しているんだろう。
前回は居なかった由梨も、マーリィさんに手をつながれてオーワンの右隣に立っていた。
……由梨の成長は本当に速いな。
まあ中身は19歳だし、本人としてはこれでも遅くてもどかしいのかもしれないが。
「彼らの旅路と日々に祝福を、リーファディオル様に感謝を!」
「「感謝を!」」
前回と同じ、乾杯がわりの挨拶。
杯を掲げ、オレは冷えたジュースを呷った。
挨拶後は自由だ。さてどうしようか。
辺りを見回すと、すぐ傍に前回のエルフ子ちゃんの一人がいた。
青髪のお姉さん、確かウェナさんだ。
こちらを見つめるウェナさんに軽く手を振ると、ちょっと恥ずかしそうに微笑んでくれた。
うわ、すっげー可愛いよね、年上そうなのにその可愛らしい反応がたまんない!
「ウェナさ―――」
「わたしがおにぃちゃんのおよめさんになるの!」
ぴたりと、あたりがちんもくした。
ゆり、おまえはなにを……
「おにぃちゃんは、おとこじゃなくておんなのこがすきなの!
ようじょあいこうかなの!」
「待てぇぇいっ!」
オレは片手で由梨の口をふさぐと、もう片手で頭をぐりぐりした。
……力はこめてないぞ。相手はリアル幼女だからな。
「んむぅーっ、むむむぅむー!」
「スフィの次はお前か、由梨。
オレは男も幼女もお断りなの、美女や美少女が好きなの!」
オレのお叱りにもめげない由梨は。
あろうことか、押さえたオレの手をぺろぺろと舐め始めた!
「うひゃぁっ!?」
驚いて思わず手を離したオレから距離を取り
「ぷはーっ。
そんなことないもん、おにぃちゃんはわたしのせーどれーだもん!」
「ぶぐっ、なんつーこと叫ぶんだ、ばかもん!」
元の世界でもそんなことはありませんよ?
念のため。
「きゃー、ゆうがたもしたのに、こんやもまたおかされるぅー!」
他の人の後ろに隠れた由梨を捕まえようと手を伸ばしたオレの
「……つ、ば、さ、さ、ま?」
「いだだだだだだっ!?」
オレの首根っこを、がしっと掴み。
身を屈めていたオレのことを、頭上から絶対零度の眼差しで見下ろして。
掴んだ指に力を込めたマーリィさんが、ゆっくりと麗しい唇を開いた。
「私の、娘に、あなたは、一体、何をしたんですか……?」
「なっ、何もしてない、由梨が勝手にありえない嘘をついてるだけだ!」
「私の娘は嘘つきじゃありません!」
怒りの観点をちょっとずらしつつ、まるで弓弦を引くようにオレの首を引くマーリィさん。
もう片手もそえ、女性の細腕と思えない力で一気に首と血管が締ま、る……
「ぢょっ、じぬ、まーりぃざん」
「私の娘に手を出すけだものは死ねばいいんです」
「やめてまーりぃさん!」
かふ、いきが……
「おにぃちゃんはわたしのうんめーのひとなの」
「エルフとしてリーファディオル様の信託には従いますが、マユリの運命を認めたわけじゃありません!
この人さえ、この人さえ来なければ……!」
「やめて!」
由梨が真顔で懸命に手を叩くと、さすがに掴んだ力を緩め。
オレは解放され、どさりと地に落ちた。
く、くうき、ぜえ、ぜえ……
「そうよ、ツバサが来るまでは幸せだったのに!
あんたなんか来なければ良かったのよ!」
息をつくオレを無視し。
「ぐえっ!」
「あ、ん、た、が、来なければ!」
マーリィさんは、オレの脇腹に蹴りをいれて仰向けにさせると。
「ごぶっ」
腹の上に片足を力いっぱい振りおろし。
足の裏でぐりぐりしながら、ジョッキを呷った。
じょっき?
「ぷはーっ。
そうよ、あんたが悪いのよ、この変態! すけべ! ロリコン!」
「がふっ、ちが、ロリは、ロリだけは」
変態もすけべも否定しないけど!
ロリだけは違うんだ!
マーリィさんの靴がヒールだったなら、もっと嬉しかったんだろうか?
なんてことをほんのちょっぴり考えちゃうくらい変態だけど、ロリは違うんだ!
もしマーリィさんの服がスカートだったら(中略)ロリは違うんだ!
「やめて、おにいちゃんはようじょあいこうかなの、ろりこんなの!」
「ちげっ、ぐうっ、おれはっ、もっと、巨乳がいい!」
「どっちにしても悪です!」
ぐう、お腹が痛い、苦しい。
でも―――
「そうよ、あんたさえ、あんたさえ来なければ!」
ジョッキを呷りながら叫ぶマーリィさんが。
「私はずっと、マユリと二人で暮らせたのに!」
その目に、うっすらどころか、溢れて零れるほどの涙を浮かべていて。
「まーりぃ、さん……」
由梨も、マーリィさんを止めていいのか悩んでいた。
だから、伝わると信じて、目に意思を込めて見つめる。
『このままでいい』と。
「マユリを、娘を、返して!
私の娘は、あんたの妹なんかじゃない、私の娘なの」
振り下ろした足を、地面に下ろし。
マーリィさんは、もたれるように、オレの上に馬乗り、に……?
ちょ、ちょっと!
衆人監視の中で、いきなり股間に跨られるとかたまらない揺れるおっぱいがおいしそう。
「ばか、ばかぁっ、返してよぉ……」
そうやって涙をこぼしながら、身体を屈め。
あ、息が酒臭いなって分かるほど近く。
口づけるようにオレの上に覆いかぶさって
「うっ、げええええええっ」
「ぎゃあああああああっ!?」
オレの顔面に向けて、盛大にぶちまけたのだった―――
あとがきのコメントに困るくらい。
凄惨な有り様に、ただただ合掌。
とりあえず、言えることは一つ。
次回『旅立ちの前夜だからこそ』
―――明けない夜はないんだから、頑張って生きろ




