幼子との触れ合いなら興奮しません
スフィ。
年齢、性別、不詳
背はオレよりだいぶ低い様で、尖った帽子の分を足すとオレとほぼ同じ。
黒紫のローブに全身を包み、三角帽子はかっちり尖って風に微動だにしない。
ローブの襟元とか帽子とかあるが、それにしたって不自然に顔は見えない。
時々口元は見えたりするが、鼻から上は前髪だかモザイクだか、すっかり闇。
性格は……淡々としつつ、腹黒い?
自称師匠なので、時々師匠扱いする。色々教えてもらってるし、それほど違和感はないかな。
改めて考えてみると、呆れるほど全然知らないよな。
でも、いつもそんな事はどうでもいい、って場面ばかりなんだよ。
戦闘中なり、戦闘中なり、爆弾発言なり。
――― ――― ――― ――― ―――
宴から、一夜が明けた。
オレはだいぶくたびれた頭で立ち上がると、大きく体を伸ばした。
精霊力の枯渇状態による虚脱感は、もうほとんど感じない。
軽く身体をほぐして、部屋を出た。
今オレがいるのは、テルスの家だ。
寝たきりだった最初の一週間はオーワンの家に厄介になってたが、ある程度回復した後はテルスの家に戻っている。
食卓に顔を出すと、すでに朝食の用意が出来ていて。
なぜか、テルスとオーワンが並んでいた。
「おはよう。なんでオーワンがいるんだ?」
「ツバサくん」
「ん?」
挨拶もなく、オーワンが厳しい目をオレに向け。
「昨夜はお楽しみでしたね」
「百辺死んどけ!
お前とスフィのせいで楽しめなかったっての!」
厳しい顔のままぬかす戯言に、拳が届かないので罵声で応じた。
昨夜はあの後、大変だった。
スフィとオーワンの爆弾発言の後、あからさまに変わったエルフの皆さんの態度に。
オレがもう、いかにしてどれほど女の子が心からとめどなく大好きであるかを熱弁し。
長い長い演説の末、とりあえず表面上はエルフの皆さんにオレがノーマルであることを信じてもらい。
なんとか宴はお開きとなった。
―――解散時の、非常に引かれた顔が印象的でした。
『男色じゃないが普通に変態か』そんな声が聞こえてくるようでした。
あと、一部落胆の視線が怖かった。
可愛い女の子が大好きで何が悪いんだ!
「っつーか、なんでそんな名ゼリフを知ってるんだよ!」
「長生きをしていると、色々詳しくなるものなのだよ」
「無駄な知識ばかり身に付けんな、年寄エルフ」
オレ達のやりとりに呆れた顔をしつつも、応酬が一段落したところでテルスが着席を促す。
オレも適当に返事をかえし、席についた。
「森を守護せし我らがリーファディオルよ、今日の生と糧に感謝を捧げます」
「感謝を」
テルスと2人で感謝を捧げ
「いただきます」
「うむ、しっかり食べるがいい」
オーワンの作った朝食をいただいた。
ちなみにこのおっさん、料理が趣味とのことで相当うまい。
火加減や味付けなんかが絶妙で、元の世界で外食した時にもこれよりうまい店は少なかった。
真面目に料理の話をすれば、結構盛り上がれそうだ。
そういえば、食事も味付けも全然違和感ないな。なんでだろ?
そんなことを考えつつ、食事を終える。
「ご馳走様でした」
「うむ。
それではツバサくん、今からうちへ来てくれたまえ」
「ん?
わかった」
理由は分からぬが、断る理由もない。
今日も見回りのテルスに後片付けを任せ、オーワンと共に移動する。
今日もいい天気で、太陽と月が綺麗に輝いていた。
月はまだ半分程度の高さ。
蝕天が終わった後の後半月は、天の影もないしのどかなものだ。
「そういえば、この村に留まらないと話していたね」
「どっかで聞いてたのか」
「うむ。勇者様は魔軍やら魔王やらと戦うらしいからね」
「……魔軍とか魔王って、なに?」
少なくとも、今のオレには戦うつもりなんかないんだが。
知っておいて損はないだろう。
「魔軍は、率いられた魔物の大群をさしたり、統率のとれた群れをさす。
魔王は、魔物達の王、伝説級の強敵だな」
「ふむふむ」
「まぁこの辺は、冒険者として生きるなら町で聞くといいだろう。
あまり閉鎖的なエルフの話ばかりで世界を知るものではない」
「閉鎖的には見えないんだがなぁ」
「いや、我々は非常に閉鎖的だよ」
オーワンは、笑いながらそう言った。
「よそ者のオレを拾っておいて、そういうもんかねぇ……?」
「そういうものなのだよ」
オーワンの家につく。
通されてあがり、勧められるまま着席。
オーワンはマーリィさんに声をかけると、お茶の用意を始めた。
程なく、呼ばれたマーリィさんが、マユリちゃんを連れて姿を現す。
抱きかかえられていたマユリちゃん、今日は起きていたらしい。
オレの姿に気づくと、いつかと同じように手を伸ばしてくれた。
「おにぃちゃぁ、おにぃちゃぁ」
「お?
こんにちはマユリちゃん」
「おにーちゃぁ!」
「マユリ、こんにちはでしょう?」
「おにぃちゃぁ、こんにちあ!」
身を乗り出すマユリちゃんを抱えなおし、マーリィさんが優しく窘める。
マユリちゃんが元気な挨拶をあげると、褒めるようにその頭を優しく撫でた。
「起きてる時に会うのは久しぶりだなぁ。
ずいぶん上手にしゃべるようになったね」
「え、えぇ……」
「それに、そういえば、随分と、おっきく……」
……前回会った時より、目に見えて大きくなっている。
いや、これって育ち過ぎじゃない……?
「ええっと……」
「我らエルフは、出産が非常に少なくてな。
子供の時期が人間族と比べて非常に短いのだよ」
「あ、なるほど」
「人によって差はあるが、幼い間は倍から三倍くらいの速度で育つ」
オーワンの言葉に、ちょっと複雑な顔をするマーリィさん。
マユリちゃんは気にせず、オレの名を呼んで手を伸ばしている。
「そうすると……」
向こうの時間換算で考えると。
半月経過したから、1~1ヶ月半くらい育ったってことか。
「それにしても、育つの早過ぎじゃない?」
だいぶしっかりした言葉。
何回りか大きくなった身体。
いや、こっちの世界は、人間だって育つのが早いのかも。
そんなことを考え、オレが次に何か言うより早く。
オーワンが、どこか苦しげに、重い口を開いた。
「―――マユリは、精霊の子だからな」
告げられた、精霊の子という存在。
無邪気な赤子が背負うものは、果たして。
次回『精霊の子』
―――いつかツバサが、精霊にも手を出す日が来るのだろうか




