蝕天・其の一 決着
ついに来ました最終決戦!
あれで何なボスを相手に、今度こそ大立ち回り……
なんてことはないわけで。
そりゃぁもう、力押しで瞬殺ですよ。
今後の基本パターンとなる、精霊力にものを言わせた一撃必殺。
勝てるなら一番安全確実なこの展開で戦っていけばいいし。
ずっとこの展開に頼るから、後々苦労したりしなかったり。
ま、ともあれ。いってみますかね。
――― ――― ――― ――― ―――
一目見て、そいつが主であると分かった。
なぜなら、とにかくボスっぽかったからだ。
これで主じゃなかったら、色々問い詰めたい。
―――さておき。
外見、一言で言うならゴ○ラ。
……ちがうな、これじゃ分からないよな。ゴジ○だ。
背びれを生やしたトカゲが二足歩行でのしのし歩いてる感じ。
サイズは意外と小さく、色は茶色っぽい感じだ。背びれだけが緑。
口の端からちろちろ見える炎は、きっと核……なんかじゃないと信じてる。うん。
「ゴルガジラ、レベル56の大物だな」
また酷い名前だなおい!
誰だこの名前つけたの、微妙に伏せようとした努力がにくいね。
「少なくとも、この森に出るような敵ではありえない」
「ん、どういうことだ?」
「来るぞ!」
スフィの返事を遮るように、こちらを向いたゴルガジラの腕が振り上げられ。
それほど速くはないが、身体ごと倒れこむように地面に向けて振り下ろされた。
ずだぁぁんと大きな音がして、叩かれた地面がべこりと陥没する。
……人間くらい、簡単にぺっちゃんこだな。当たれば。
「まずは我が魔術の手本を見せよう。
一発で覚えろ」
「え?」
「いいな、覚えろよ。
汝は、すでにこの魔術を覚えるだけのレベルがある」
そういうと、ローブの裾を払って立つスフィ。
手を引いて立ち上がったゴルガジラが、自分の足元に立つちっぽけな人間を見下ろす。
「集え精霊、我が敵を討て!」
その手が振り上げられるより早く、スフィの詠唱が一瞬で完成し。
「魔矢!」
翳した手の平から、手の平より少しだけ長い程度の魔法の矢が生まれて飛んだ。
ぱしんと軽い音を立て、ゴルガジラの腹に当たって魔法が弾ける。
ようやく振り上げられた手を待つわけもなく、スフィはオレのところへ戻ってきた。
数瞬遅れて、再び振り下ろされた手の平が木々をへし折り大地を揺らす。
「覚えたな?
あれが冒険者の覚える攻撃魔法、魔矢だ」
「……覚えた、と思う」
「よし」
一つ頷くと、スフィはオレを見上げて。
「では、我が囮として時間を稼ごう。
ありったけの精霊力でぶっぱなせ、一撃で消し飛ばしてみろ」
「お、おおお?
それはなんぼなんでも―――」
「できる」
オレを遮って、断言するスフィ。
いつも通り見えない顔で、どこか笑ってみせて。
「不肖の弟子よ。
今度こそ、頑張るのだろう?」
「……だ、駄目元で良ければ、やってみるだけは」
「情けない……」
しょ、しょうがないじゃん、まだちょっと怖いし自信はねーよ!
そんなオレを、それでも見捨てず手を握り。
「正直、今の我の精霊力では、どうあってもあれにとどめは刺せぬ。
お前がやらぬなら、逃げるのみだ」
「……できるのかな、オレに」
「試しにやってみろ。
それで駄目なら、一緒に逃げてやろう」
オレの手を包む、柔らかく温かいスフィの手を。
相変わらず見えない顔を。
見えないのに微笑む、スフィを見て。
「―――わかった」
よし、腹をくくろうじゃんか!
詠唱はごく短い、覚えた。
いや、覚えたってのは違うのかな?
オレの中にあの魔術が習得されてるってのが、なんかこう、分かるんだよ。
だから、オレの中に詠唱だって、あるんだ。ノートを開くとか、ファイルを開くみたいに呼び出せる。
「やってみる。
だからスフィは、無傷で戻ってきてくれよ」
「無傷とは、欲の皮の張った奴め」
「師匠には、元気で長生きして欲しいもんだからな」
笑いながら。
オレの精霊力よ、スフィに伝われ。
スフィを護ってくれ。
そう、つないだ手に気持ちを込めた。
「慌てなくていい、めいっぱい集中しろ。
二発目はないと思え」
「了解」
オレの返事に、一度だけ強く手を握り。
スフィは森林破壊を繰り返すゴルガジラの前へ向かった。
と―――
「スフィ!」
いきなり吐き出された炎が、あっさりとスフィの身体を飲み込み森を焦がす!
「魔矢!」
しかし気づけばゴルガジラの背後に立っていたスフィが、気を引くために魔術を放つ。
いつの間にあんなとこまで……
「っと、そんな場合じゃなかったな」
スフィなら大丈夫だ。信じよう。
オレは、オレに出来ることをしなければ。
「駄目元だめもと、やってみるだけ」
よし、おまじないおっけー、やるぞ!
両手を前に突き出し、軽く重ねる。
「手のひらに、集中」
ヒグイグマを燃やした時も思い出せ。
手のひらに集中。
オレの中の精霊力を、手のひらに集中。
「あいつを、撃ちぬく」
ゆっくりと手を持ち上げていき。
ゴルガジラの頭部に向けて、構える。
「手のひらに集中」
前とは比べ物にならない熱が、力が、手のひらに集まるのを感じる。
腕を振りおろし、尻尾を振り回すゴルガジラ。
そのほとんど動かない頭部に、手のひらを向けたまま。
手のひらに集中。
手のひらに集中、手のひらに集中!
「集え精霊」
手のひらを、身体中を、熱と力が駆け巡り。
重ねて翳した両手の向こう、手のひらの先に。
小さくも、強く眩い光が生まれ。
「我が敵を討て!」
手のひらに集中。
オレの全てを込め、一撃で全てを消し飛ばす。
その光が急速に育ち、真昼の太陽もかくやと強烈な光を放ち。
凝縮された超密度の精霊力を、必死で構えて、なお渦巻く精霊力の全てを込めて解き放つ!
「魔矢!」
ずばあああぁぁぁぁぁ…ん……
翳した手の平から、天へと迸る光の奔流。
森を、空を、世界を埋め尽くす強烈な閃光。
オレの放った魔術の矢は、さながらアニメのなんちゃら波とか波動なんちゃらのように、ゴルガジラの上半身を消し飛ばし空へと吸い込まれて消え。
勝ち鬨を挙げることも、勝利の余韻に浸ることもできず。
空へ消えた自分の魔術を見届けることさえなく、オレは意識を失ったのだった―――
ついに放たれた、ツバサ自身の魔術。
空を貫いた光は、戦いの終わりの鐘にして。
冒険者として歩む二人の祝砲であり、旅立ちの狼煙となる。
次回『大精霊の秘術と言う名の』
―――戦いは終わり。満ちていた月はようやく欠け始める




