蝕天・其の一 戦の後
魔物の大群との戦い。
最後に現れた、主との戦い。
スフィに助けられ、状況を聞き。
精霊力を渡し。
スフィの魔術で、主を撃破。
朝から今までの出来事を、日差しに煌めくダイヤモンドダストを見ながら、ぼんやりと振り返る。
オレに、何ができたんだろうか。
意味はあったのだろうか。
オレは、自分に納得できるのだろうか―――
――― ――― ――― ――― ―――
煌めく氷の欠片を見ながら、知らず深い息を吐いていた。
握り込んでいた手をゆっくりほどき、ほぐす。
興奮が収まったからか、ぎしぎしと軋む身体。
身体中が痛い。
スフィの魔術で回復したと思ってたが、全く動けなかったんだし当然なのかもしれないな。
「これにて討伐完了だ。
あとは、負傷者を助けるがいい」
「そうだ、テルス達を探そう!」
主を真っ二つにした時、テルスやオレが立ってたのはどこら辺なんだろうか。
辺りの景色もすっかり変わり、全然分からない。
「スフィ、他の人の場所分かる?」
「ちょっと待て」
懐から水晶玉を取り出すスフィ。
そういえば、前もあれで何があったのか見せてくれたんだよな。
占い師とか、そういう感じの職業なんだろうか。
「こっちだ、ついてこい」
「了解」
スフィとともに小走りで向かう。
黒焦げの木々やむき出しの土が、改めて爆発の被害の大きさを教えてくれた。
……至近距離でこんな爆発を受けたら、欠片も残さず……
「テルス!」
いた!
とっさに抱き起そうとするのを、必死に我慢し。
倒れていた誰かの傍らに膝をつき、まずは状態を確認する。
「……」
鎧は焼けて黒焦げ。
洋服も焼け焦げ、ところどころ焦げた肌が見えている。
顔は辛うじて焼け方が少ない―――咄嗟に手などで庇ったのだろう。
だが、それでも防具のないむき出しの肌だ。黒焦げにこそなってないが、顔中火傷と傷で酷い有り様である。
腕に到っては、片方ない。もう片方も真っ黒い炭のようであった。
唯一テルスらしいとすれば、乱れた髪の一部が、焼けずに元の緑色を残していたことだろうか。
逆に言えば、髪の色と体格以外に、この人をテルスだと判断する要素はなかった。
微かにではあるが、息と胸の動きがあることに安堵する。
「テルス……?」
「……ツバサ、か」
「テルス!」
良かった、意識もあるみたいだ!
「スフィ師匠、回復をお願いします!」
考えてみれば、状態の確認やテルスかどうかより、まず回復魔法を使ってもらうべきだった。
救急車が来るまで、人工呼吸をしながら待つような世界じゃないんだ。
「……」
オレの言葉に、しかしスフィは動かず。
「―――いい、無駄だ」
オレの上で、スフィはゆっくり首を振り。
オレの下で、テルスはゆっくり手当を断った。
「……え?」
「回復魔法は、不要だ」
寝たまま、しっかりした声でテルスがそう言った。
「な、それってどういう、なんでだよ」
「ツバサよ。
この世界は、蝕天は、どうだった?」
蝕天。天の影。
湧き出す魔物達。戦い、傷つくエルフ達。
主。テルスの一撃。
爆発。黒焦げになって倒れている、テルス。
この、世界。
「……元の世界と比べて、生きるだけでも、大変だった」
「それが、理解できたなら、いい」
テルスが微笑んだ気がした。
「お前の望みが、なんであるか、知らない」
「……思い出せないんだよ、まだ」
「それがなんであれ。
ハーレムであれ、望むなら頑張るがいい」
「は、ハーレムが一番の望みじゃないからな!」
どうだか、と小さく笑うテルス。
「この世界で、戦いに身を投じるならば」
指一本、顔一つ動かさないテルス。
ただ口だけが、安い動画か人形劇のように、言葉を発するために小さく動き続ける。
「覚悟を決め、必死で、生きろ」
「ああ」
手を取っていいのかも分からず、膝に手をついて。
必死でテルスを見つめ、言葉を聞く。
「頑張れ、よ。
―――私も、期待している」
「て、テルス!」
それだけ言うと、口を閉じて。
テルスは、もうそれ以上何も語らなかった。
「テルス、続きはどうしたよ?
イケメンなんだろ、なんとか言えよ!」
動かぬテルスに―――炭化した手を握ることもできず、手も触れられぬままで。
「マーリィさんになんて言うんだよ、お前はこれでいいのかよ!?」
届け、と。
顔を寄せ、耳元で必死に叫んで。
それでも。
テルスの返事は、反応はなくて。
「テルス、テルス!」
オレが来なければ、こうはならなかったのだろうか?
オレを庇わなければ、テルスは死ななかったのだろうか?
オレが、望まなければ―――
「あ……」
オレの叫びにも、嘆きにも反応を見せなかったテルスが。
テルスの身体が、柔らかい光に包まれていく。
「あ、あ」
光が揺らぎ、風に散らされて。
焼け焦げたテルスの身体が、ゆっくり解けて森に散っていく。
「ま、まって!」
中途半端に伸ばしたオレの手には、何もつかめず。
テルスだった光は、オレの手をすり抜けて。
風に乗り、森へ、空へと。
「ぅあ、あ、テルスーっ!」
後には、髪の毛一本残さず。
別れ、と言うものを。オレの心にだけ、残して。
テルスは、光となり、散ったのだった。
命、を。
また、守れなかった、失った。
今度こそ、何かできた、はずだったのに。
また、何も、できずに。
この手に、掴めなかった―――
目の前で失われた命。
伸ばした手に掴めず、繰り返した後悔に慟哭する。
散った光を抱き留めた森は、ただ静かに二人を見守っていた。
次回『蝕天・其の一 連戦』
―――だが、泣くにはまだ早い。戦いは終わっていないのだから。




