蝕天・其の一 参戦
いやー、出番ないよ、これは。
なんたって、数が多すぎるんだよね。数十匹。
見える範囲でざっと見ただけだけど、一人2匹倒しても終わらないんじゃないかな。
序盤は、待ち構えての一斉掃射でぱたぱた倒したけれど。
乱戦になってからは、3対1の戦いでも勝ったり引き分けたりっぽい有り様だ。
さっきテルスが助けたとこは、完全に3人ともやられてたしな。
まぁ、そういうわけで。
素人の出る幕がないよ。
お呼びでないよね、これは。うん。
――― ――― ――― ――― ―――
「ツバサ」
お呼びでないとか考えてたら呼ばれたよ!
「なんだ?」
次々に場所を変えるテルスの後ろをついて、森を駆けながら答える。
最初の乱戦になってから、エルフ達はゲリラ的な戦い方をしている。
地の利、森というホームの特性を最大限に活かし。
ある時は樹上から射掛け、ある時は接近前に詠唱し出会い頭に叩きこむ。
基本的に、エルフの戦いは一方的だ。
接敵されるまではエルフが一方的に攻撃し。
接敵されてからは、比較的エルフが一方的に攻撃される。
切り結ぶ、鍔迫るという戦い方はしない。
あくまで、離れて攻撃、近づかれたら逃げる、そんな戦い方をしていた。
「そこのヒグイグマ、1人でやってみろ」
「……へ?」
お、おい?
「とどめを刺すまで戦えとは言わん、試しにやりあってみろ。
やばかったら助けてやる」
「ちょ、まじで?」
「初の実戦が乱戦というよりも、よほどぬるいだろう」
「そりゃそうかもしれないけど!」
いきなり、魔物と戦え、ぬるいとか言い出したよ!
「……マーリィに自慢話の一つも持って帰りたいだろう?」
「やります!」
テルスの言葉に思わず即答してしまった。
してしまったが……いや、まじで?
「いけ」
わざわざ尻を蹴り飛ばし、魔物の方へオレを押し出すテルス。
ご丁寧に、頭を横を飛びぬけた矢がヒグイグマの腕に刺さった。
「ぐあああ!」
「う、うおおお……」
咆哮する熊に負けじと、とりあえず声を出す。かすれてたけど。
「やばければ呼べ。健闘を祈る」
テルスが立ち去る音がした。
思わず振り返りそうになるが、こちらを見つめるヒグイグマから目を逸らせない。
力を込めて、剣を握る。
ゆっくりと切っ先を持ち上げて、構える。
そんなオレの方を向いたヒグイグマは、軽く体を屈め。いつかのように、猛ダッシュを仕掛けてくる。
「よっ」
それを予想していたオレは、ヒグイグマが動き出すなり進路から逃れ、少し余裕を持ってかわした。
あ、今のタイミングで斬りつければ良かったのか。
でもそんなこと考えるほどの余裕はなさそうだよなぁ……
ぶちかまされた木にヒグイグマの爪が突き刺さり、衝撃で少し傾く。
剣を、構え直す。
「……次に突っ込んで避けたら、斬りつけるからな……?」
手順を確認するために。
あるいは、震えそうな自分を鼓舞するために。
振り向いたヒグイグマに向かって、小さな声でそう言ってやる。
人間の言葉なんか、きっと理解できないんだろうけど。
次の攻撃は、突進ではなく腕を振り回しての爪斬撃だった。
―――確かに腕の振りは早いけど。
思ったよりも余裕を持って、見てかわせている。
「なるほど、これが大振りの攻撃ってやつか」
腕を振る速度は確かにすごいんだが。
攻撃のモーションが、なんともわかりやすい。
そう言えばダッシュも、屈んで溜めが入るからわかりやすいんだよな。
そういう意味では、今のオレでも避けるだけならなんとかなるってことか。
「すごい風圧」
振り回された爪を、結構な余裕をもってかわし。
叩きつけられた風に、少しだけ目を細めた。
「この攻撃とか爪、剣で受けたらどうなるんだろうなぁ」
やっぱり、剣が折れてざっくりジエンドかな。
あるいは、折れなくても剣ごと吹っ飛ばされるかな。
うん。やめよう。
ゲームなら食らって確かめたりできるかもしれないが、きっと、これは現実なんだから。
「ほいっ、と」
腕を避けながら、木々にぶつからないように後退。
再び屈むヒグイグマを見て、剣を強く握る。
「っ!」
ダッシュ。
かわす。
通り過ぎる。
木にぶちかまして止まる。
そこを―――
「せいっ!」
上段に振り上げ、真っ直ぐに振り下ろす!
ずばぁっ、でもなく。
ぽこんっ、でもなく。
しいて言えば、つしゅってところか。
軽く弾かれつつ、それでも一応肉を斬った音。
倍ぐらいの身長を誇る相手の背中に、わずかに剣が埋まる。
「っつぅ……」
肉を斬る手ごたえも、攻撃が効いたっぽい手ごたえもほとんどなく。
どちらかと言えば、少しだけ刃は刺さったが、全然歯が立たない印象。
ていうか、そんなのどうでもいいくらい、手がじんと痛い!
「回避は出来ても、攻撃力は絶望的に足りねぇなぁ」
ともあれ、剣を持ってヒグイグマから距離を取る。
攻撃されて怒ったーって様子もなく、平常運転で振り返るヒグイグマ。
いや、ちょっとだけ顔が凶悪になった、かな?
気のせいかな?
重たい剣を片手で担ぐように持ち、痺れる手をぶんぶんと振る。
「かすり傷を与え続けて倒すのが先か、それとも体力切れで攻撃もらうのが先か―――って感じか」
うん、火力が足りなすぎる。
「火力……」
脳裏に、ヒグイグマを焼き尽くす巨大な炎が浮かぶ。
―――いや、やめよう。テルスにとっては楽勝な相手っぽいし、森が焼けたらオレもやばい。
被害を出してまで、オレ一人で倒さなきゃいけない……とかじゃないよな。
うん、とりあえず。
考えるのはやめよう。
全くどうにもできないわけじゃないしな。
攻撃を避け、剣を振るい。
かすり傷を、もう3つ4つ熊の体に刻んで。
なんというか、自分の力量をなんとなく肌に感じたあたりで―――
「回避だけなら問題ないようだな」
「お、テルス。
おかえり、ありがとさん」
現れたテルスが、いまだ元気の有り余るヒグイグマさんを瞬殺したのだった。
オレが一人で戦い続ける間に、大半の魔物は駆逐し終わったらしい。
ほっと一息つく間もなく、最初の場所に集合させられ態勢を整える。
負傷者が運び出され、手当てが施される一方で。
最初のように、再び樹の上に散るエルフ達。ただし、その数は驚くほど少ない。
「……えーっと、これって」
「終わりではない」
あ、やっぱり?
隊列を整え終わったテルスが、さらに続ける。
「全て出終われば、地に落ちた天の影が消える。
まだ天の影が消えてないということは、まだ魔物が湧きだすということだ」
なるほど、言われてみれば地面の影は消えていない。
魔物が出尽くすとこの影が消えるわけか。分かりやすいな。
「さぁ、来るぞ。気を引き締めろ」
天の影から出てきたのは、ただ一体の魔物。
「一匹。あれが今回の主だな」
「主?」
「一番強い魔物ということだ。
大抵、第一波で終わらない場合は、最後に主が湧く」
主。
思わず唾を飲み、手の平をこすって剣を構え直した。
月は天頂、真円にて。
残ったエルフと、最後の魔物―――主とを照らしだす。
「さあ、生き延びるために気を引き締めろ。
強いぞ」
言われるまでもない、強いことなんか肌で感じてる。
地に立った魔物の身体から、ぬるりと影の衣が地面に落ち。
地に広がっていた天の影が、月光に溶けるように消えて。
「射て!」
テルスの号令で、決戦の火ぶたが切って落とされたのだった―――
エルフに多大な被害を出しつつも、第一波を退けたエルフ達。
しかし最後に現れた『主』を倒すまで、魔物との戦いは終わらない。
テルス率いる残りのエルフ達と、ツバサ。彼らの決戦が始まる。
次回『蝕天・其の一 決戦』
―――エルフと魔物と、人と。生き残るのは、果たして。




