蝕天、前日(後編)
当初の強化合宿カリキュラム
・一日目 武器を使った、防御重視の物理戦闘訓練
・二日目 魔法を使った、攻撃と補助のための戦闘訓練
実施された強化合宿カリキュラム
・一日目 武器を使った、防御重視の物理戦闘訓練
・二日目 武器を使った、多対一の防御重視の物理戦闘訓練
というか、防御を重視しないと死んじゃう。
あいつら酷いよ、寄ってたかって暴行を加えてきて!
特にオーワンが酷かった。笑いながら素手で殴る蹴るしてくる、それがテルスよりも強いでやんの。
村長なんて飾りかと思ったが、村一番の使い手らしい……
しかもあれで、本職は肉弾戦じゃなく魔法だっていうんだから。
―――なるほど、これが嫁2人を持つ男の実力か。
なんてことを薄れゆく意識の中で思ったのでした。
――― ――― ――― ――― ―――
みしみしと軋む身体を、ゆっくりと伸ばす。
染み込むお湯の熱と潤い。
テルスの家から徒歩10分くらいか、今日は村の共同浴場に来ていた。
―――残念ながら男女は別だ。念のため。
「ふ、いぃ……」
夜、かなり遅い時間。
ほぼ天頂、ほぼ満月な月の光が、魔法で灯された明かりに負けないくらい強く風呂を照らしている。
元の世界の月より、だいぶ大きく明るい月。
よく見れば、月の模様も元の世界のウサギの餅つきとはだいぶ異なっていた。
「明日は蝕天、か」
湯船の縁に頭を乗せ、月を見上げて呟く。
あの月が、天頂に昇り、完全に満ちた時。
この世界に、魔物達が姿を現す。
死んでも殲滅しなければいけないとか、そういうことはないらしい。
実際問題、全ての天の影に人を派遣して殲滅はできないし、気づいてない小さな天の影もきっとたくさんあるんだろう。
それでも、明日に討ち漏らした魔物は、この森に住み着いてエルフや人を襲うわけで。
最終的に全てを倒すべきであれば、明日の時点で倒しておくのが望ましい。
明日倒せなかった魔物が森に潜んだ時、それを探し出して倒すというのは非常に難しいのだから。
「……倒せるんだろうかなぁ」
そもそも魔物の強さが分からない。
ヒグイグマぐらい?
だとしたら、オレ一人じゃなく2対1くらいならなんとか倒せるだろう。
今更ではあるが、テルスとオーワンの猛攻に比べれば、ずいぶん動きが遅かった……気がする。
恐怖ですくみ上ったりしなければ、だけどな。
じゃあ、それより強かったら?
テルスがなんとかしてくれるんだろうか。
数が多すぎたら?
乱戦になったら、必死で自分の身を守らねばならない。
いずれにしても、死んでも殲滅と言われてないのは少しだけ気が楽で。
でも取り逃がした結果を考えれば、安易に逃げるわけにもいかないと思った。
「まぁ、なるようになる、さ」
呟き、お湯で顔を洗う。
温泉とは違う、ただの湯。しかし果物か花か、ほんのりと甘く爽やかな匂いがしている。
柑橘系の入浴剤、というとイメージが近いかな。
もちろん、不安でいっぱいだ。
逃げ出したいとも思う。
でも、それでは、オレの望みが叶わない。
オレは、自分の意思で、戦うことを選ばなければならない。
思い出せない記憶が、心の中でそう囁くようで。
逃げ出したいと思うけれど、逃げ出そうとは全く思わなかった。
マーリィさんを始めとして、エルフの女の子みんな綺麗だしね!
……どうせなら、マーリィさんとかエルフの女の子達と混浴がいいなぁ。
イメージまんまにスレンダーなエルフちゃん達と、母親だからか巨乳なマーリィさん。
ああ、想像するだけでたまらなくなるね!
「考えてみれば、いったいどれだけ禁欲生活してるんだろオレ……」
こちらに来てからはまだ三日程度。
とは言え、その前からずっとしていなかった、ような気がする。
「うわ、考えたらまじでたまらん!」
あれやこれや妄想が噴き出す。
それを振り払うように、オレは脱衣所に置いてあった鉄剣を握ると、タオル一枚巻いたまま素振りをすることにした。
絶対に、可愛い子げっとしてやるんだ!
そのためにも鍛錬たんれん素振りすぶり!
結局オレは、テルスが心配して探しに来るまでぶっ通しで素振りを続け。
蝕天前日にオーバーワーク過ぎだと、また呆れてためいきをつかれるのだった。
そうして、翌朝早く。
見上げた月は、ほぼ真円。
まもなく天頂に差し掛かろうとする頃。
「行くぞ」
「了解、参りますか」
テルスを筆頭に、総勢二十三名のエルフ達。
女性は一人も居ない。
「って、女性が居ない!?」
「当然だ、危険だからな」
なんだと、この村の女性は一人も戦わないのか!
いや、男が戦えるなら当たり前かもしれないが。にしてもこれは予定外だ。
「蝕天で戦う者にとって、蝕天後の夜は宴と決まっている。
宴席でいいみやげ話が出来るように頑張るがいい」
「なるほど、心得た!」
テルスの言葉に納得する。
まぁ危険な想いをさせるわけいかないし、これはこれで仕方ないってことか。
「我々は村の北東、大きい方の天の影を担当する。
村の近くの天の影は、長が率いるもう一隊が対応する」
「こっちのリーダーがテルスってことだな」
「そうだ。皆、よろしく頼む」
オレに頷き、皆に頭を下げるテルス。
それから、手にした弓を高く掲げて吠える。
「影を払い、森に我らの力を示す!
風向きの村のエルフ、いざ出陣!」
「「おー!」」
言葉なく、森の中を進むエルフ達とオレ。
辺りには動物の気配さえなく、緊張した空気が一行を、森を包んでいる。
歩くこと、それから30分か1時間か。
少しだけ開けた場所で足を止めるテルス。
木々が天を覆うでもなく、低い太陽と高い月の光が降り注ぐ大地。
よくよく見れば、日光が当たらず月光のみが射す地面に、大きく広がる影。
『天の影』
サイズは家一軒よりも余裕で大きいようだ。
おそらく、小学校の25メートルプールよりも大きいんじゃないだろうか。
日光が射したり、最初から月光が届かなかったりで全容は良く分からないんだけどな。
テルスの指示で、三人ずつ組になって辺りに散らばるエルフ達。
オレはテルスとペアで、テルスに接近した魔物を抑えるのが当面の仕事らしい。
あとは、テルスと共にやばそうな所のフォローやらなんやら。わりと遊撃隊。
死にたくなければ、絶対にテルスから離れず指示を聞くように言われた。もちろんそのつもりだ。
気づけば月は、村を出た時よりももう少しだけ昇り。
天頂に満月。
―――蝕天。
「くるぞ」
テルスの声にあわせ、月の光を退けた天の影から。
ゆらり、と。
影そのままに、黒い何かが湧きだした―――
ついに、月は満ち、天に昇り。
初めての蝕天が訪れる。
魔物対エルフ、魔物対人の戦いは、ツバサに何をもたらすのか。
次回『蝕天・其の一 開戦』
―――月は満ち、魔は影より出ずる




