カーテンの向こうにふともも
必死で生きて
抗って
それでも、
抗っても、力が及ばなくて
大事なものを
失った
ならば
頑張るとか、抗うとか、
そういったすべては無駄だったんだろうか?
その答えは
いつか、きっと―――
――― ――― ――― ――― ――― ―――
抜けるような青空、なんて言うけれど。
森の中、木々の間から見上げた青空は、本当に抜け落ちるようだった。
木々の中にぽっかりと開いた、青い穴。
どこまでも透き通り、空に落ちていくような。そんな青空。
都会のただなかで、こんな空を―――
ん?
都会?
寝転がったまま、首を捻り。
右を見れば、木々。
左を見れば、木々。
上を見れば、黒っぽい布がひらめいている。
「……なんだ、これ?」
呟いて手を伸ばし、つまんで。
ぴらりと持ち上げると、布に覆われた暗がりの中にすらりとしたふとも
「きゃーっ!」
「ぶべぼっ!?」
視界が闇に包まれたとかなんとか考える間もなく、顔面に激痛が走り。思わず品のない叫びをあげてしまった。
しかし、しかしだ!
こんな痛みに負けるわけにはいかない、オレは再び黒い布を両手でがっと握ってぐわっとめくりあげ!
「こんなもので負けるものか、今見えたのは確かにふとももとおパぐはぁぁっ!」
「いや、いやいやいやーーっ!」
誰かの絶叫ともに顔面に何度も繰り出される攻撃、攻撃、こうげ…き……
ふとも、も、ばんざ……がくっ。
「ん……」
まぶしさと肌寒さに寝返りを打ち
「ん、ぐぅぅっ」
うあ、いてぇ。
うつぶせになろうとした顔面に激痛が走り、思わず顔をあげて呻いた。
「ぐ、く」
しゃべるとなんだか顔が引きつって痛い。
四肢に力を込め、四つん這いで起き上がるとオレは軽く頭を振った。
「若人よ、目が覚めたかね?」
そんなオレに掛けられる声。
なんだかひしゃげて見にくい視界で見上げると、そこには怪しい奴がいた。
そう、怪しい奴だ。
全身を紫がかった黒っぽい布で包み、頭にはしゃきーんと尖がった三角帽子。
頭っつーか、顔まで帽子をかぶり、襟元もくるんだ布がマフラーっぽくなってて。
つまりは、これっぽっちも顔も肌も見えない。
「なんだ、乞食か?」
「……我を乞食扱いとはいい度胸をしておる若造だ。
よほど命はいらぬと見えるな?」
「あ、乞食じゃないのか、悪いな。
んじゃぁ……カーテンに包まって『おばけだぞー』とか遊んでる子か。オレも昔やったなぁ……」
××がよく怖がってくれてな。調子にのって……ん?
「我は子供でも乞食でもない」
「大人なのにカーテンか……」
うわ、ちょっと危ない奴なんだろうか。
……この見た目だしな、危ないに決まってるか。
「た・わ・け・が!」
ごづっと鈍い音を立てて、オレの頭に分厚い本の角が振り下ろされた。
「あづ、っつぅ……」
かなーりいてぇ。
にゃろう、いきなり殴りかかってくるとは!
「まずは座れ、我が話を聞くが良い。
我が名は……スフィだ。それと我が衣はカーテンではなくローブだ」
相変わらず偉そうな態度で、怪しい奴ことスフィが言った。
とりあえず座って、改めてスフィを見る。
身長は、170(予定)のオレよりはるかに小さい。
頭半分ぐらいは低いだろうか、××よりも低い。
顔はさっき言った通り、全然見えない。
なんとなく帽子とカーテ……ローブの隙間で前髪が揺れている気がする。
声は、アニメ声というよりも美声、高く澄んでとにかく綺麗な声だ。
男の声優が女の声をあててるのか、女の声優が男の声をあててるのか……と言った感じ。性別どちらとも判断つかない。
いや、しかし!きっと!女のはずだ!
その方がオレが嬉しいからな!
「女の子? 野郎?」
「黙れ、ゲス野郎」
一番重要な事を尋ねたら、シンプルな回答が返ってきました。うわーい。
ゲス野郎。遠まわしに、野郎ですって回答……なんてことないよな?
「汝の名はなんだ、ゲス野郎」
「……ツバサだ」
うん、そうだ。オレの名前はツバサ。
苗字は内緒だ。
「ツバサか、良い名だ。
ではツバサよ、汝に聞きたいことがある」
「あーっと……」
スフィの淡々とした声を聞きながら、でもオレは辺りを見回し。
「ここどこ?」
「……我が聞きたいことがあると言っているのだ。
ここは王都スェンディの北東の森だ」
「嘔吐?」
「王の都、王都だ。馬鹿者」
のどもとからオエ、エレエレエレとジェスチャーしてやる。
そしたら、感情も出さず淡々と突っ込まれた。
「オレのボケに眉1つ動かさないとは、やるなスフィ」
「汝はここで何をしていた。
見たところ面妖な恰好のみ、荷物も武器も持たずに寝ていた。追剥にでもあったか?」
褒めたのに超スルーされました。
あれ、ちょっと寂しいよ?
「何をしてた、って……」
思い返してみる。
そもそもオレ、何をしてたんだっけ?
「え、っと……寝てた?」
「……知っている。では寝る前に何をしていたのだ」
あ、ちょっとだけ声が怒った気がする。やっぱ反応してくれると嬉しいよな。
それから、あーとかうーとか呻きつつ、考えることしばし。
「―――思い出せない!
うわ、これもしかして記憶喪失!?」
「物覚えが悪いだけかもしれないぞ。短絡的な奴だな。
昨日でもいつでもいい、住処でも出身地でも何かないのか?」
「……だめだ、なんだっけ。
なんか思い出せそうな気がするんだけど無理!」
うわー、これが噂の記憶喪失か!
二十二年生きてきて初めてだ、
「これでオレも二次元キャラの仲間入りだねやったー!」
「……
ゲス野郎」
あ、吐き捨てるようにゲスって言われてしまった。
ていうか、今のはどうして!?
「こほん、失礼。つい口をついて出てしまった、他意はないのだよ」
「他意がないのにゲス野郎!?」
「では次の質問だ。
汝は、人間かね?」
オレの抗議を歯牙にも掛けず、質問を重ねるスフィ。
「え、人間、だ…よ?
オレ人間だよね、変な恰好してる?」
「服装は面妖だが、顔や手足を見る限りは人間で間違いなかろう。外見的にはな」
「それって、あれですか。
外見は人間だけど、中身は天才ってことですか!」
「……天才か阿呆かで言うのであれば、間違いなく力をこめて阿呆であると我が保証してやろう」
「保障までして下さって本当にありがとうございます!」
つまり、見た目は人間で間違いないわけだ。
いや、中身も人間ですよ? 宇宙人とかじゃないですよ?
「人間なんだけど、なんでそんな質問を?」
「そうか。まぁ人間で間違いはないのだろうな」
一つ、小さく頷くスフィ。
金属のようにまっすぐ尖った三角帽子の先端が、頭の動きにあわせて宙に軌跡を引く。
にしても見事な先端だな。ちょっとねじればドリルになりそうだ!
「ならば―――」
突如。
ざわり、とした。
理屈じゃない。ここは危険だ、移動しなきゃ!
慌てて立ち上がる。
「ん、どうしたのかね?」
「一緒に逃げよう!」
手……がよくわからないが、ローブをつまんで叫ぶ。
まずい、すぐにも
「―――敵か。どうやら逃げる間はない様子であるな。」
「うっ……」
地面を揺らしながら、のそりと。
木々の間から顔を出したのは、見たこともない熊のようなものだった。
夢か現か幻か、カーテンの向こうのスフィさんは果たして。
名前しかない「ツバサ」の明日はどっちだ、行く先は誰のふとももだ!?
次回『くまさんと初めての○○』
―――君はまだ、オムツの白さを知らない。一生知らなくていい。






