お菓子な三人
【 まえがき 】
■E★エブリスタからの再掲です
内容はないようなあるような感じ
■作品説明
お菓子が関わるおかしな三人の噺。
ほのぼの?
2013/2/28
一日の授業が終わり、放課後である。部活動に勤しむ者もあれば、帰宅に勤しむ者もある。そしてここ――第二棟にある調理室では、部活に勤しむ人々で賑わっていた。『調理部』と名のついた部の活動は月曜日と金曜日の二回。賑わう中で、不釣り合いな叫びが響き渡る。
「てめぇふざけんなよ!」
「ふざけているのはそちらでしょう?」
片や青筋を浮かべ不良という名が相応しい男であり、片やにこにこと笑顔であるが目はまったく笑っていないお嬢様という名が相応しい女は、いまこの調理台の主である男の前で言いあいをしていた。
「いや、あの……ここ、調理室なんで、ケンカはよして頂ければ嬉しいなぁ……なんて」
「あぁ!? 先にケンカをふっかけてきたのは、宮平だろーが」
「いやですわ。先にケンカを仕掛けてきたのは谷川でしょう? 私に罪を擦り付けないで下さいな」
「ケンカ両成敗で如何でしょうか?」
スポンジの材料を混ぜながら問えば、二人は目を瞬かせた。
「両成敗、ですか?」
「両成敗だぁ!?」
「いや、みぃちゃんもまぁちゃんも悪いだろ。他の奴らビビってるんだからな」
みぃちゃんと呼ばれた不良男は、ぴくりと肩を竦ませた。本名は谷川岬という。少し女の子らしい響きの名前が少し嫌いらしい。しかし、目の前の彼には『みぃちゃん』と呼ばれている。そう呼ばれるのは昔からなので、いまさらなんの感情もわかない。
反してまぁちゃんと呼ばれたお嬢様は大袈裟に肩を竦め、持っていた扇子を畳んだ。本名は宮平真朝という。天下の宮平グループの一人娘であり、この学校に多額の寄付をしている。
「それなら……ごめんなさい。星ちゃん」
「……ちっ、悪かったよ。星」
二人は口々に星井充に向かって詫びをいれた。
「みぃちゃんもまぁちゃんも目立つから、大人しくしてろよ。呼び出しくらうのはオレなんだから」
いい意味でも悪い意味でも目立つ二人である。それでも呼び出しは本人ではなく長年の幼馴染みである充にかかる。なぜかと聞けば「怖いから」と「呼び出しにくいから」が半数であり、充の口からそれぞれに内容が伝わるのだ。
「だっから、最近は呼び出しくらってねぇだろ。ケンカは売ってねぇし買ってもいねぇ。これでも、一応大人しくしてんだよ」
「私も。絡まれても手は出していませんし、五月蝿い害虫の口を塞ぐ為に寄付金を倍にさせて頂きましたわ。害虫の口は塞がっていますでしょう?」
ガシガシと頭を掻きながら言う岬とにっこりと笑う真朝。それを見据える充は、小さく息を吐いた。
「まぁちゃん――真朝、先生を害虫呼ばわりはやめような。岬も、ケンカは売るものでも買うものでもないからな」
「解ってんよ。星はオカンみたいだよなー」
「えぇ。本当に」
「いや、オレはオカンというよりは二人の飼い主らしいよ。なんか変な感じ」
混ぜた材料を型に移し、余熱で温まっているガスオーブンへと入れる。
「飼い主ぃ? 誰が犬だっつの」
「ふふっ。猫かもしれませんよ。ですが、岬は狂犬ですものねぇ」
「真朝は冷酷な姫だろ。見た目は可愛いのに口が悪いかんな」
ふにと真朝の頬を軽く摘まめば、彼女はその手を払い落とした。
「口の悪さは女ですから当たり前でしょう。悪いのは私ではありません」
「口の悪さを直せばモテるんじゃね?」
「モテなくても構いませんわ。岬も星ちゃんもいますし」
「でもお嬢様だから、婚約者は作らないとダメだろ?」
岬はけろりと言った。然も当たり前のように。
「政略結婚は古い考えで嫌いです。私は私が惚れた相手と婚約いたしますわ」
「――ということは、まだ惚れた相手はいない、と」
「あら、遅くはありませんことよ。私はまだ高校生ですもの」
「みぃちゃんもまぁちゃんもトッピングはなにがいい?」
いそいそと片付けながら充は二人に問う。答えは解りきっているが。
「もちろん、苺。ショートケーキで」
「私もショートケーキ一択でお願いいたします」
「本当に好きだよなぁ」
「お前、ケーキといえばショートケーキだろ!」
「紅茶にも合いますし」
「いや、それは個人の味覚にもよるだろ」
「それはそうですが。それでも私は星ちゃんの作るショートケーキが一番好きですわ」
「俺も、星が作るものはなんでも好きだ」
「そっか。あんがと。じゃあ、さっさと作るから、あっちに座ってて」
「はい」
「あぁ」
真朝と岬は同時に頷き、奥に置かれた食事用のテーブルへと行く。
充は冷蔵庫に歩み寄り、ドアを開けて、泡立てた生クリームと切った苺を取り出した。もちろん、下準備をしていたのだ。片手に持つ金属製のボウルは冷え、中にある白いクリームが艶をだしている。もう片手に持つ金属製のトレーに並べられた苺は、中の白さが外の赤みを際立たせていた。
またいそいそと自身が使う調理台へと戻り、トッピングを台に置けば、丁度焼けたのかガスオーブンの時間がゼロになっていた。
「よしっと」
オーブンから焼けたケーキを取り出し、さっそくトッピングに取り掛かかった。もはや神業と称される充の手捌きは、綺麗にショートケーキを作り上げていく。その生き生きとした顔に、奥のテーブルに腰を下ろす岬も真朝も口角が上がる。部員に入れられた紅茶を飲みながら、二人は充を眺めていた。
「やっぱ、星は菓子作ってるときが一番いいな」
「ええ。可憐でステキですしね」
同意とばかりに頷く真朝は遊ばせていた扇子をパチンと畳んだ。
「お待たせー。片づけてくるから先に食ってて。あ、オレの分も食っちゃっていいから」
二人の前にケーキとナイフ、次いでフォークと小皿を置いてさっさと戻る充に、岬は「はぁ!?」と声を荒げた。
「バカか! ちゃんと残しとくし」
「喚いている岬の方がバカでしてよ。本当に」
ケーキを切り分ける真朝はしれっと紡ぐ。そうしてさっさと小皿に取り分け、食べ始めた。
「うるせぇよ」
岬は岬でそう吐き捨て、切り分けられたケーキを小皿によそい、がつがつと食べ始める。
「あぁ……、やっぱ幸せだぁ」
「はうぁー……、やはり星ちゃんはお菓子作りの天才ですわ」
二人は、充と充が作るお菓子には勝てなかった。昔から舌に叩き込まれた味を忘れることはできないのだ。
「お待たせー」
「おう。もう一個食うから」
「私も、もうひとつ」
「好きなだけどうぞ」
充は二人を眺めて笑みをこぼす。二人の為にお菓子を作り始めた時から、ずっと見ている笑顔。この顔が見れるからこそ、ずっとお菓子を作り続けているのだった。
end
【 あとがき 】
最後までお付き合いありがとうございました。
◆ 執筆時期 ◆
Start : 2011/7/13[書き溜め放置] → End : 2012/3/16