黒い雪の行く先の幻想
舞い落ちる雪を月光が輝かせ、見うる限りの世界を白銀に染めていく。
緑だった木の葉も、
コンクリートで敷き詰められた道路も、
味気無い家の屋根も。
全てを呑み込むように、ただひたすらに深々と降り続く。
幻想的に降り続ける雪は、たった1粒の真っ黒な雪を除いて、朝までに町を被った。
朝になると神秘的かつ不可思議に降り積もった雪は止み、どんよりとした雲だけが空を覆った。ギラギラと暑い日射しを送っていた太陽の光なんぞまったくもって届いていなかった。通学者や通勤者、車やらバイクやらなんやらで道路に積もっていたであろう雪はある程度溶けていた。
そんな道の変化なんか気にしないかのように、溶けている場所といない場所を不規則に1人でヅカヅカ歩く制服姿の男がいた。なにも入っていないバックを肩に担ぎズボンのポケットに両手を突っ込んでいる。それゆえに落ちたマフラーの片側を上げようかどうか悩んでいる。うっすら茶色掛かった長めの髪と鋭い目付きの奥の深みある黒目、スッとした顔立ちは学内で黄色い声が飛ぶほどの美形である。しかしながらマフラーが鼻の上まで覆いて、カッコいい男がただの変質者になっていた。
「ちぃくん! 待ってよ!」
1人でズカズカ歩くその男の名前を呼びながら雪道だけをローファーで走る制服姿の女。今時らしくスカートの丈が短く、黒い靴下との間に張りのある素足を見せつけていた。お世辞なら可愛いと言える顔はまだ寝起きのようで、黒く長い髪に少し寝癖をつけていた。
「ねぇ! ちぃくんってば!」
女は後ろから男の腕を掴もうとし、前のめりになった瞬間だった。女は足を滑らせ派手に前に転び、顔で雪の絨毯を削った。
男は足を止め、いつの間にか自分より前にいる見覚えのある後ろ姿を見て、右手をズボンのポケットから出してマフラーを上げた。
「郁恵(いくえ)、走ると転ぶぞ」
マフラーのミュートでこもった無機質な声が放たれる。冷たい風が2人の間に吹いた。
もう、転んでるよー。幽体離脱する郁恵の霊が泣きながらそう嘆いた。
普段2人は普通の高校生をしている。勉学に勤しみ、友達と他愛のない会話をしながら、部活をする。なにも変わらない普通の青春。ひとつおかしなことがあると言うのであれば、それは部活が特殊なだけだった。
2人は一緒の部活であった。名は『ES』。何をやっている部活かと言うと、
映画撮影部……ではなく、
デザイン部……ではなく、
従業員満足度調査部ではなく、
ダンス部……ではなく、
カラオケ部……でもなく、
生徒会執行部が下した企画を実行・運営をし、さらにそれ自身が正当なものかの判断、上手く機能しない生徒会を最悪解散までさせることができる、学校内では生徒会と肩を並べる組織である。故に部員の定員も決まっており、部長、副部長、書記、会計、庶務の5人のみである。選出も投票という珍妙な部活である。
ちぃこと千宮寺(せんぐうじ)千咲樹(ちさき)は一年生であるにも関わらず副部長であり、モテる理由もなんとなくわかる。名前から女性と間違われるが、間違えるとスゴく怒り、何度部長とケンカしたかわからない。
木津(きつ) 郁恵は庶務、いわゆる雑用であり、さほど目立つような仕事はしていない。千咲樹とは幼馴染みで、実は片想い中なのであった。
たまに付き合っていると噂が立つくらいに仲がいい2人。しかし、普通の学生ではなかった。2人だけではない。『ES』の部員になるにはアブノーマルでなければならなかった。
その日の放課後。千咲樹は四階にある部室に向かって足早に歩いていた。その後ろを金魚の糞のように着いていく郁恵。
「今日、乱れてるな」
千咲樹が急にそう言う。郁恵ははっとなって立ち止まり、目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。
「ホントだ。この感じだと学校の敷地内だけど……」
言い終わって目を開けるとすでに千咲樹は消えていた。
「あっれぇ?」
また置いていかれたことに気づくのは、この後部室に行ってからだった。
千咲樹は裏庭に来ていた。誰も来ていないのか畑の雪も、足場の雪もまだ柔らかかった。
ポケットに突っ込んでいた右手を地面と平行にし、持っていた鈴を鳴らすと急に畑から黒いゲル状の物体が飛び出して人の形になり、千咲樹目掛けて走ってくる。
「雑魚か」
千咲樹の背中が光り出したと思うと、光りは飛び散る。光の下からは黒光りする鋼の翼が現れ、襲ってきた物体に翼をひとふりすると羽根部分の刃から無数の斬撃が走り、切り刻む。
一瞬に等しかった。
ゲル状の物体の破片は辺りに散らばり、そのまま蒸発し消えていった。
それを確認し終えると、鈴を鳴し手をポケットに入れる。すると鉄の翼はまるでデータ化されたように消えていった。
「ったく、雑用の仕事だろうが」
舌打ちをして、部室にゆっくりと向かっていくなか、黒い雪のような物体が視界に入った。しかし、逃げるように消えて行ったため、それがあの物体と一緒だが、雑魚を追うほど暇していなかったため、どうせ後で片付ければいいと思い、部室に向かった。
校内を進み、四階の階段のすぐ側にある至って普通の扉を開け、部室の中に入る。中には、千咲樹以外全員がいた。
「遅刻だよ、千咲樹ちゃん」
にっかりとした笑顔を千咲樹に向ける、窓際に腰を掛けた短い黒髪のこれまた美形のメガネ男子。千咲樹は自分の席である、その男の隣にカバンを置いてから横から蹴りを食らわせる。それを軽く防ぐ男。
「なんだよー。痛いなぁ」
美しい笑顔のままインテリメガネの奥の細い目から鋭い光を千咲樹に向ける。
「ちゃん付けするな、クソ野郎」
あからさまにガンを飛ばす千咲樹。
「口が悪いよ千咲樹ちゃん。部長の僕に勝てると思ってるの」
「あぁ、やってやろうじゃねぇか。表出ろや」
今にも殴り合いそうな2人。
チリン。
毎日の光景に溜め息を吐いた女性が2人に向けて右手の人指し指を向ける。すると光の帯が2人に巻き付き引き離す。
「うるさい。座れ」
赤くなった目で睨み付ける。その威圧に2人の威勢が消える。
「はい」
その声を聞いて、光の帯を消す。部長は窓際に腰掛け、千咲樹はゆっくりと近くにあったイスに座る。
「ほら、さっさと始めようじゃないか」
その女性が切り出すと部長が真剣な表情に変わる。
「そうだね」
その場にいる全員に目を向け一呼吸打つ。
「いくらなんでもケンカしてる暇がないんだった。だってねぇ」
背後にある窓の外を見た。
「夏なのに雪が降るんだもの」
それはテレビでも取り上げられている、当たり前の異常気象。7月の雪。
「明らかに、アンノーンの仕業なんだよね。最近ペートタイプの出現率が高くなってる。1日に8体が平均。4月に比べてやけに高くなってる。これからなにが起こるんだか」
そう言い切って溜め息を吐く女性。部長もペンを軽やかに回しながら頭を捻らせていた。
そんな沈黙の中、郁恵とは違う、ぱっつん髪のもう1人の女性が口を開いた。
「変なこと言っていいですか?」
片目だけ開けて鋭い視線を送る部長。
「なに? このかちゃん。今日はデカイの?」
真っ黒のぱっつん髪から覗く、不思議に緑に光る目を外に向けた。
「デカイです。方向的には商店街付近」
ペンを走らせ、ノートに地図を書くこのか。
「この感じはデルタタイプです。しかもお腹空かせ始めてますね」
「よし、ってことで遅刻した千咲樹ちゃんと郁恵ちゃん出撃」
「ちゃん付けするな」
「了解しました!」
二人は駆け出して行った。それを確認し眼鏡をかけ直し再び鋭い目線を向ける。
「ねぇ、このかちゃん、ホントのこと教えてくんない? 空の上のバカデカイ殺気はなんだい? 昨日から僕とさくらちゃんは気になってんだしょうがないんだ」
つり目の女性が立ち上がり目を赤くした。
「このか、かなりヤバイタイプじゃないのか?」
このかは地図だったはずの絵をさらに描き進めていった。
「まだ遠くて感知出来ないんですが、母艦かなにかが空に浮いてる気がします」
描き上がった絵を見せてそう言った。部長は窓から雪を送り込んできたどんより雲を見る。
「さくらちゃん。あの雲描き消すことできると思う?」
「できるだろう」
「即答ありがとう」
部長の目は黄色に光った。
その頃、二人はようやく商店街に着いていた。
「ちぃくん、、、待ってよ、、、」
「のろま、はやくこいや。ホントにデカ物がいやがるぜ」
いち早く目標を確認した千咲樹は早速両手を広げた。
「デルタタイプだから、接近戦に富んでるからね」
「そのくらいわかってる。援護頼む」
「うん」
郁恵が鈴を鳴らした瞬間に交通人の姿が消え、デルタタイプのアンノーンがその姿をあらわにした。黒い塊のような歪な球体が今にも人を喰らいそうに蠢いていた。
「おら!」
千咲樹は翼を広げてデルタタイプに接近する。するとデルタタイプは人形に形を変え巨大な斧のような自身を振り降ろす。それを軽く避ける千咲樹は右の羽根でデルタタイプを切り刻む。
「たまねぎみたく美味しくなりやがれ」
「食べたくないな」
デルタタイプはそのまま地面に液体となって崩れた。
「意外と楽勝だな」
千咲樹はゆっくり郁恵のもとの向かった。
「危ない!」
郁恵の叫び声。すぐに身構えたが派手に吹き飛び、ビルの壁にめり込む。
「ちぃくん!」
煙が上がる方を見て安否を確認していた。その時に視界にデルタタイプが斧を振り上げているのが写った。咄嗟に避けようとしたがこんなときに転けてしまう。降り下ろされる。それと同時に目をつむる。
「余所見してんじゃねーよ。世話やけんな」
目を開けると斧を翼で防ぐ千咲樹が目に前にいた。その身は結構ボロボロで頬は切れて血が出ていた。
「なにボーッとしてんだ。アブねーから退け」
「ご、ごめん!」
慌ててそこから逃げ電信柱の影に隠れる。
「ったく油断大敵ってか」
巨大な斧を左の翼で辛うじて受け止めている千咲樹。キリキリと甲高い耳障りな音をたてている。
「っち。こういうときによ……」
そう思った瞬間に加わる圧力が弱まった。ドスン。巨体が倒れ、風圧に千咲樹は目をつむった。目を開けた時にはデルタタイプを光の帯でグルグル巻き付けて上に乗っている、赤目のさくらが空を見上げていた。
「さくらさん! なんでここに!」
「僕もいるよ」
「インテリメガネ!」
「部長と呼べ千咲樹ちゃん」
「ちゃん付けするな!」
「そんなことやってる暇ないぞ」
「珍しく喋りますね」
「このか、怒るぞ」
「テヘ」
さくらは手から伸びている光のひもを強く引っ張るとひもが燃えデルタタイプが気化し消えていった。
「なんだよこれ……」
急に顔色を変えた千咲樹。
「ん? どうしたの?」
何にも気にしていない郁恵は電信柱から離れ千咲樹に近づく。
「取り敢えず、郁恵ちゃん。一端部室に逃げるよ」
「は、はい」
部長が鈴を鳴らすと、周りに人が現れた。それだけではなかった。戦闘後の破損が全て直っていた。そして雪が降ってきていた。
「うぅん。あんまし時間がないね。パラレルからこっちに出てきそうだよ」
「取り敢えず時間稼ぎはしておきます」
「お願い」
このかが鈴を鳴らすと、その音の波動が辺りを覆った。
「終わりました」
「部室に急ぐよ」
なにもわかっていない郁恵1人だけポカンとしたまま、不安の色を顔に浮かべ部室に向かう。
部室ですぐに定位置に着く五人。
「なぁ、なにが起きてんだ!?」
「まぁまぁ千咲樹ちゃん、落ち着いて。今から説明するから。このかちゃんお願い」
「はい。只今この町を覆うほどのアンノーンの状況は、明らかにおかしいです」
「うん。僕の知りたい情報はそれじゃないんだ」
「はい、曇ってます」
「それでもないよね」
「雪が降ってます」
「うん惜しい」
「黒いってことじゃないですよね」
「うん、それなんだ」
「雪が黒いからってなんでこんなに大量のアンノーンが町に出るんだ?」
「今から説明するからね、千咲樹ちゃん」
「ちゃん付けするな」
「まず、今日未確認だけど空中にアンノーンの空母のようなものがある、とこのかちゃんが察知した。その日から雲が厚く雪が降る。そして、黒い雪。そこから僕が推測できるのは、空母を隠すために雲をかけている。地球侵略が目的であるのならば奇襲をかけてくる。奇襲をするのであれば僕たちにわからないようにここ、地上に来る必要がある。ならどうするか。雪に紛らせる」
「なぜ地球侵略を?」
「僕に聞かないで。平行世界に行けるほどの知能と、変幻自在のあのフォルムは生物系ではないと思ったけどそうじゃないみたいだね」
「なにか求めてるのかな?」
「まぁ、そう考えるのが普通だよね、郁恵ちゃん」
「じゃぁなにを?」
「それがわかったら僕は天才だと思うよ」
部長は空を見上げた。
「とにかく、お帰り頂かないとね。作戦はこうだ」
部長は部室にあるホワイトボードに図を描き、五色のマグネットをその中心に置いた。
「いいかい? まず母艦の確認だね。僕とさくらちゃんであの雲に穴を開ける。時間かかるから護衛とこっちの世界に来させないように駆逐を千咲樹ちゃんと郁恵ちゃんに任せる。で、穴が開いたらこのかちゃんが弱点のサーチ。次の一撃で僕がトドメをさす。その際になにがあるかわからないから一回集まって欲しい。母艦が退く、もしくは撃墜の後に残党の駆逐を全員で行う。いいかい?」
マグネットを動かしながら作戦を伝え終えると高く手が上がった。
「1つだけ言いたいことがある」
「なんだい千咲樹ちゃん」
「ちゃん付けするな」
「無視。異論がなければ早速作戦開始だ」
「場所は?」
「そこだ。一番合理的なのは、全体が見渡せる場所……。このかちゃん。母艦の中心部はどこら辺にあるんだい?」
「? きっとこの学校です」
「わお。僕たちの首を狙いにでも来たのかな?」
「あながちその考えは間違ってないかもな」
「さくらちゃん。僕も同意だよ。なにがあるかわからない。みんな気を引き閉めていくように」
全員立ち上がり千咲樹と郁恵はグラウンドへ、部長、さくら、このかは屋上に向かった。
「ねぇ、ちぃくん」
「なんだ?」
走りながら耳を傾けた。
「これで負けら死んじゃうのかな」
千咲樹は鈴を取り出した。
「戦う前から敗けを想像するやつがあるか。大丈夫だ。必ず勝つ」
「うん……」
二人はグランドに出た。まだサッカー部やら陸上部やらがいるが相手方はそんなこと待っちゃくれない。遅れながら郁恵は鈴を取り出した。
「千咲樹ちゃん! 郁恵ちゃん! いいかい?」
屋上から響く声。
「ちゃん付けするな!」
「いくよ!」
『Earless Sacrament』
全員そう呟いて一斉に鈴を響かせた。鈴の音の波動が全てを飲み込む。その瞬間、平行世界へと変わる。人のいない、まったく同じ時間軸を流れるもうひとつの世界。ここには人はいなかった。人の創造した建造物は存在するのに。
千咲樹は両手を広げた。光を纏い幾千の鋼の刃を翼に見立て背中に身に付けた。その美しさは見るものを圧倒させた。
「おい郁恵、さっさと準備しろ。来るぞ」
郁恵はあたふたしてすぐさま両腕を伸ばしきり手から光を放つ。その光は細長く伸び、弾け中の鋼色した太刀は美しく現れた。
「ほら、お出ましだ」
千咲樹は羽根を大きく広げる。郁恵はしっかりと太刀を握った。
次の時、グラウンドは幾億のアンノーンが現れた。
「す、すごい」
「怯んでんじゃねー!」
千咲樹はすぐさま走り羽根で切り刻む。数秒で数十体は倒している。
郁恵は校舎を背にかかってくるペートタイプを地道に倒している。
屋上でそれを確認し準備に取りかかる部長とさくら。
「このかちゃん、ちょっとの間護衛よろしくね」
「もちろんです」
部長は弓に巨大な矢を合わせ、照準を合わせる。その間さくらはその矢にできうる限りに光の帯を巻いていく。
「さて、力も溜まったし、いくよ」
部長は弦を引く。結局なにも起こらなかったらしくこのかは数本のナイフをジャグリングしていた。三人は一斉に空を見上げる。
放たれる矢。数秒後に帯がエンジンとなり加速する。そして雲に入る寸前に矢に周りに炎のリングができ雲を削り始める。
「ちょいとリングが小さかったかな?」
部長の心配は当たりそうであった。周りの雲が削ったところを埋めるかのように入り込んでいたのだ。
「もう一発いくか?」
「それは僕がキツい」
「ヘタレガ」
「へたれで結構」
そうこうしているうちに雲に穴が開いた。その時、見えたひとかけらの部分から発せられた存在に三人が驚愕する。
「なんじゃありゃ」
「空母ではないな」
「かたまり」
雲より黒いその姿と大きさは規格外であった。
「! なに?」
郁恵は空を見上げその姿を確認する。
「なんだありゃ!」
作戦通りに戻って来ている千咲樹も郁恵の隣で足を止めた。
「郁恵! 取り敢えず行くぞ」
「……探してる? 誰かを探してる」
「なに言ってんだ! 行くぞ」
郁恵の手を取り屋上に向かった。
屋上では未だに悩んでいる三人が地面に作戦を書いていた。
「どうだ? インテリメガネ」
「うん千咲樹ちゃん。弱点がねー。このかちゃんパス」
「はい、かなり一部分しか見えなかったですけど弱点はhart、心臓部分にある黒の液体を産成する器官。ただ、かなり距離があるのはあの規格から推定して明白」
「と言うわけで抉れるドリルタイプとスピード重視のロケットタイプを基盤にいかに確実に狙えたらいいかって感じだけど……」
「ちょっと待って下さい! 倒すんですか!?」
郁恵の一言で他の四人は思考回路を止めた。
「じゃないとヤバイよね」
「どうした郁恵? のろまの上にバカなのか?」
「違います! ただ仲間を探しているだけなのに倒しちゃうんですか!?」
「うん。知ってるよね? とある海域で行方不明事件が続出ているのはあいつらのせいだって。ここがそんな風に制圧されてもいいと思ってるのかい?」
「違うんです! 誰かを探してるだけなんです!」
「郁恵ちゃん。邪魔するなら女の子でも許さないよ」
「うぅ……」
その時に彼女は聞こえた。坊や、坊やと呼ぶ声が。グラウンドにいるペートタイプもなにかを探しているようで戦意は感じ取れなかった。
「わかりました。倒す前に私が撤退させます」
「ほう、楽しいね。部長の僕に勝てると思ってるのかな?」
「郁恵がやるっつうならやるんだよ」
口を挟んだのは千咲樹であった。
「ちぃくん……」
「部長のくせに部員信じられないのかよ」
「部長だからこそ一番妥当な作戦に荷担するんだよ」
「相変わらず頭かてーな」
「なんとでも言うがいいさ。それが部長という地位だ」
「あぁ付き合ってらんね。郁恵行くぞ」
千咲樹は郁恵の手を取り、
「え? ちぃくんなんにしてんの!」
階段ではない下り方、いわゆる飛び降りをするために地面のない方向に走っていく。
「ちょ! ちぃくん!? 無理だって!! キャァーーーー!!」
問答無用に屋上から飛び降りる。見晴らしは最悪な恐怖感しかないジェットコースターのような感覚。当たり前のように確りと千咲樹に捕まる。
「おらよ!」
地面まで残り一階分の時に、鋼の翼を羽ばたかせ空気を地面にぶつけ、その反動で落下が止まり、スタッと綺麗に着地した。もはやなんの準備も出来ていなかった郁恵は尻餅を着いたが。
目の前のグラウンドには未だになにかを探しているペートタイプのアンノーン。千咲樹は鋼の翼をたたみ、手をポケットに入れた。
「いったー」
郁恵はお尻をさすりながら立ち上がりそのグラウンドを見る。未だになにかを探しているペートタイプを喰らうアンノーンが巨大化していく。
「ああ、痛いな。こんな時にエースタイプ」
「ひどい」
ゴリゴリ。ゴリゴリ。気持ちの悪い音が辺りに響く。エースタイプが喰らうのを他のペートタイプが防ごうとしている。
「仲間割れ?」
「いや、仲間じゃないんだろ。あれだけなにかを探してない」
「ん? なんで?」
「知るかよ。とりあえず無視だ。なにかを探そうぜ」
っと鋼の翼を広げてふと思う。
「そう言えば、なにかってなんだ?」
それは郁恵も知らないところであった。仲間、ただそれだけしかわからない。見切り発車もいいところであった。そこまで考え付かないことに郁恵はイラついた。
「もう!」
そんなときに重たい爆発の音が辺りに響く。ドリルのように螺旋回転するする矢が炎を纏い母艦に向かって昇天する。厚い雲を抉り、母艦に命中し貫通する。しかし弱点は外したようで落ちはしなかった。
「時間がない……」
焦るが宛がない。仲間……。それはペートタイプなのか、はたまたエースタイプなのか、はたまたまったく知らない謎の新たなタイプなのか、郁恵は思考回路をフル回転させる。しかしヒントもなければ問題さえいまだに不明だ。
「なぁ、あれヤバくない?」
千咲樹の声にふと我に還った時だった。グラウンドに湧いていたペートタイプを全てくらいつくし巨大化したエースタイプが二人を見ている。ターゲットは二人に移った。
「ちぃくん。とりあえずなんか思い当たる節ない? ちっちゃいアンノーンとか見たことないアンノーンとか新種のアンノーンとか」
それは郁恵のインスピレーションであった。なんとなくそんな気がしただけだった。しかし不思議なもので、その物体を千咲樹は知っている。
「あぁ、知ってる。それが目標か?」
「多分」
「よっし! 今探す!」
千咲樹は全神経を感知に向けた。そのアンノーンはあまりに小さくあまりに弱かった。感知タイプのこのえでさえ、見つけるのはかなり厳しいだろう。
エースタイプが牙を向けた。持っている巨大な刃を千咲樹に降り下ろす。
「させない!」
郁恵はその五分の一の大きさしかない太刀で防ごうと千咲樹の前に出て刃を合わせる。しかし体格的にも重量的にも勝てるわけなく容易に弾かれてしまう。郁恵は校舎に叩きつけられ、地面に倒れていく。それを確認するわけもなく刃は降り下ろされる。
砂煙が上がった。千咲樹の姿はそれにより見えなくなり顔を上げた郁恵には悲劇の一瞬が頭を過るには当たり前のような光景であった。
動揺なんかしなかった。千咲樹はやられたないのだから。
「わかったぞ! グラウンドの近くにある銀杏木の上にいる!」
「わかった!」
郁恵は起き上がり太刀をエースタイプに向ける。
「ちぃくん、まずこの子から片付けよ!」
「あぁ、いいぞ!」
その時に二発目が発射された。それの行く末は見なかった。もう目標は見つかったのだから。
千咲樹の周りを舞っていた砂煙は一瞬にして晴れ、そこにある巨大な刃スレスレに白銀の、本気モードの翼が輝き光る。巨大な黒い塊を見上げ睨み、もう一度翼を羽ばたかせる。
「消え失せろ」
刹那、刃が切り落とされ地面に触れ浄化する。エースタイプは堪らず卯なり声のような振動を放った。千咲樹と郁恵は振動に耐えながら武器を構え振る。するとエースタイプから伸びてきた黒い槍を捕らえ弾く。郁恵がその槍をレールのようにして一気に攻め寄り、巨大なボディに切れ目を入れる。斬り上げた後体当たりをして突き飛ばす。
豪快に吹き飛び木にぶち当たって止まった
。起き上がろうとした瞬間だろう。切れ目に複数の、翼の形をした刃が突き刺さっていた。
「じゃあな」
気づいた頃には刃がエースタイプを八つ裂きにして浄化し始めていた。
一件落着と溜め息を吐き、郁恵の到着を待ち、見上げる。そこに、あの小さな淡い黒がいる。怖がっているように震えているようだった。郁恵は優しく問いかけた。
「ねぇ、帰ろう。君、あそこから来たんでしょ。大丈夫だよ。帰れるよ」
郁恵がその黒に両手を伸ばす。黒は躊躇しているのか信用できないのかわからないが木の影に隠れたり出たりしている。
その時に三発目が発射された。そして鈍い感覚。ドスの効いた爆発音。その矢がコアに命中した事を暗示させた。それと同時に黒は郁恵に飛んできた。
それを待ち望んでいたかのように、エースタイプの残骸が黒を喰った。それを恐れていたかのように、上空の巨大なアンノーンから黒い雪が降り注ぐ。
エースタイプはその巨大さのほとんどが浄化したが、残った部分で、否、余分な物を捨て、人を真似た姿で二人に立ちはだかった。
「うそ」
その現実を受け入れられる訳がない。全てが最悪の方に転んだ。
黒い雪は地面に落ち爆発して町を削る。地獄絵図にはない惨劇。もはや、正解なんてとうに消え失せた。そう。それが答えなのだと言わんばかりに。それが答えなのだと言わんばかりに二人の体に黒い剣が刺さった。美しく舞散るドス黒い血。儚く倒れる郁恵。
「ク……ソ……ヤロウガ!!」
千咲樹が振るう翼は二本ある黒い剣に止められ鋭い足で左肩を貫かれた。それでも力を入れ込む。そのままエースタイプを斬り飛ばす。それによって抜かれた刃の後から血が滲む。
吐き出す息の白さ。それは純粋で、儚く消える。降る雪もそう。今降る雪はどうだ。黒く、爆発音さえもはや静かだ。見上げれば、巨大なアンノーン。終焉と言うべきか否か。しかしこれが終わりかと言われれば迷わず首を立てに振りそうであった。そんな誰しもの感情を一切無視して剣を突き刺すのは郁恵だった。
「まだ大丈夫! これの中で助けてって言ってる! ちぃくん!」
微かな、絶大な希望。
「それが、郁恵だったな」
小さく微笑み、郁恵を突き飛ばし更に追撃しようとするエースタイプを横から斬りかかる。
「郁恵! あれちゃんと止められんのか?」
「いっったー……。う、うん。私が保証する」
「お前の保証は宛にならんな」
「ひっどー」
郁恵は立ち上がる。空を見上げ、もはや雲1つない空を崇めた。終わりなんかじゃないと、少女は答えた。絶望に咲く笑顔がそう告げた。
その後は一瞬だった。千咲樹はエースタイプを八つ裂きよりも微塵切りにして浄化させ、郁恵が黒いのを救出。そして空に問いかけると黒い雪が止み、全てのアンノーンは消えていった。まるで何もなかったかにように。いや、何も無かったのかもしれない。
━━━━━たった1日だけの寒い夏という幻想━━━━━
そのあと夏が戻り、暑い日差しのなか部活事態は執行するがぱったりとアンノーンの出現はおさまっていた。それに不服なのは千咲樹のみでむしろ楽になったと息を抜いていた。
「ん? この感覚は……」
「どうしたの、このかちゃん?」
「いや、久しぶりに」
「アンノーンなのか!! よっしゃ行くぞ郁恵!!」
「え! まだワッフル食べ終わってない!!」
「んなの後でもいいだろ! 部長いってきます!」
「いってらっしゃいー。ってもういないし」
「おい、郁恵に怒られんぞ」
「ああ、食べちゃった。ワッフル」
また陽射しの強い太陽は外で駆けている二人を照らす。なにも変わらない夏の日の午後。黒かった雪の行く道がそこだったように、いつも通りの、なにも変わらない1日が今日も繰り広げられるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。澁谷一希です。そこまで面白くなかったとおもいますが、いかがでしたでしょうか?
結局あまり戦っていないのはさておき、久しぶりの短編でしたが、思ったよりも長くなってしまい、途中ですっ飛ばしてしまいました。いや、ムダなところを。
今回は私の話では珍しく男が主人公でしたが、千咲樹ちゃんはなかなかの今時系のカッコいいキャラの設定でした。って言いたいのはカッコいいセリフって難しいですね。男に限らず女でも。日頃からもカッコいいセリフなんて言わないので尚更。言っても変な目でみられてる気もしなくありませんが……。
あとがきでも長いのはめんどくさいですね。感想お待ちしております。それではまたお会いしましょう。




