空中分解
今は戦時中だった。そう思うとこんな終わり方になってしまったのも仕方ないと思えるが、それでもやっぱりまだまだやりたいことがたくさんあった。故郷に残してきた彼女との約束も守れなかった。心残りはたくさんあるが終わってしまった物語をここに記すとしよう。
俺の所属は空軍で戦闘機乗りだった。腕は自分ではたいしたことはないと思っていたのだが周りの評価はなぜか高かった。たとえ任務を失敗したとしても司令官は「あの局面でよくあれだけの戦果を残してくれた。任務は失敗したがこれで敵国もうかつに攻め込んでこれないだろう」と失敗したにもかかわらず褒めてもらったことさえあった。自分の相棒のパイロットが敵の戦闘機にやられたときも「お前のせいじゃない。あれはあんな無茶したお前の相棒が悪いんだ。ちゃんと相棒の尻拭いをしたしこっち側の利益にもなった。だからそう落ち込むな」そんなふうに慰められたことさえもあった。
(自分はただ敵を堕としただけなのに…)
敵の戦闘機を堕としまくったせいか、いつしか味方の仲間たちには英雄扱いまでされるようになってしまった。ただ向かってきた敵を堕としただけで、人を殺しただけで…
そんな風に味方たちにもてはやされてから数ヶ月たってからのいつもの出撃だった。特別なこともなく、しいていうなら風がすこし強いそんな程度だった。だから気にすることなくいつものように敵を堕とすつもりだった。
死んだ相棒の変わりに新米のルーキーがつくようになって数回目の出撃。前の相棒には数段劣るがそれでもいいパイロットだった。出撃にも慣れいつものようにしている彼に別段気を使うでもなく自分の戦闘機に乗り込む。今回は偵察が任務だった。自分は遊撃任務を任されることが多かったので少し珍しいと感じたが、それでも初めての任務というわけではないので緊張もせずに任務に向かった。
今回の偵察は敵軍の基地にある新型戦闘機を撮影しどういうものかを調べるというものだった。戦闘機でやる仕事か?とも思ったが任務なので仕方ないと思い割り切って仕事をすることにする。光学迷彩を積んでいる自分の戦闘機ならばれずにこなせるだろうと過信していたのかもしれない。
異変は敵基地の上空ですぐに起こった。敵軍があわただしく動いていたのだ。なにか異変があると思い司令官に通信使用と思ったその時、ドンッという音を立てて味方のルーキーが打ち落とされたのだ。光学迷彩を使用しているのだから敵軍からは見えないはずだ!そんな風に思いながらも機体を大きく旋回させる。そこを通り過ぎた戦闘機を見たとき、その美しさに一瞬見とれてしまった。シャープな銀色のフォルム、極限まで機能を追及したその戦闘機は敵国の新型機だった。見たことはなかったが、確信した。あまりにも違う機体性能。人間を乗せてできるようには思えない飛び方をその戦闘機はした。だが人工知能などを使って戦闘機を操るなど今の技術ではできない。有人飛行なのは確実なのだが、完璧に制御された二機の戦闘機はあまりにも人間離れしていた。そしてあまりにも美しかった。その戦闘機に魅せられてしまったのか、自分は二機相手に戦闘行為を始めた。
戦闘機の戦いで二対一というのは絶望的で勝率なんて無いにも等しかった。いつもならここで逃げる以外の選択肢は思いつかなかった。だが銀色の戦闘機を見てなぜか勿体無いと思ってしまった。ここで戦闘をしなければ後悔するとも思った。あまりにも馬鹿げた話だがそれでもそう思ってしまった。
三機の戦闘機が空中で踊り狂う。それはあまりにも綺麗であまりにも美しかった。三機の戦闘機は互いに殺し合いをしているはずなのに、それなのにどこかその風景は幻想的だった。
限界を超えていた。自分でもそう思う。機体が自分の体のように動いた。二機相手取っているはずなのにまったくといっていいほど苦戦しなかった。それどころかこの戦闘がもっと長く続きますように、そう願ってしまっていた。
だが終わりは突然だった。自分の制御に機体がついてこれなくなったのだ。無茶な操縦をしてよく耐えてくれたほうだと思うがこの戦いが終わってしまうことに寂しさを感じた。最初からわかっていた俺はここで死ぬ。こうも長く戦えたことが奇跡だったのだ。機体の制御がうまくいかなくなり大きな隙が生まれた。そこを逃すほど相手は優しくなかった。二機の戦闘機の攻撃が自分の機体を貫く。ボロボロになった戦闘機はバラバラと分解していく。これで終わり。今は空中に浮いている状態なのかただ落ちているだけなのかも自分ではわからない。それでも自分は満足だった。やりのこしたことはいっぱいあるはずなのにそれでも自分は満足だった。
二機の戦闘機に向かって自分は感謝した。
「ありがとう」
やり残したことはある。それでも自分の最後は幸せだったと思う。ただ負けたそれだけのこと。それなのにどこか充足感をもって俺の人生は幕を閉じた。
「空に散る勇者たち第十三章抜粋」