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独りで歩いて、それで。  作者: 悠介


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6/7

大学に入って

「ふあぁ……。」

「浩介、おはよう。」

「うーん……、おはよー……。」

 翌朝、先に起きていた悠介が、浩介に朝食を作りながら、浩介に声をかける。

 浩介は覚えていた、酒の力を借りて、昨日の晩悠介とキスをした事を。

 浩介は人生の中で何人かの男と付き合った事があった、ただ、キスをするのは初めてだった。

 今までの恋人とは、手を繋ぐのがせいぜいで、セックスをした事はあっても、キスをした事は無かった。

 初めてのキスは、初めての恋に。

 初めての人は悠介が良い、とずっと夢見ていた浩介は、それを叶えられた事を喜ぶ。

「悠介、もう一回ちゅーしよ?」

「ん?ん。」

 台所まで歩いていって、浩介の方から悠介にキスをする。

 悠介の唇、少し厚めで顔によく似合っている唇の感覚、それを改めて実感して、浩介は顔を赤らめる。

 それは悠介も同じで、昨日は酔っていたからしただけだと思っていた為、顔を赤らめる。

「なんだか、ちょっと恥かしいね。」

「そうだな、でも心地が良い。」

「うん。」

 絆は確かにある、浩介は、悠介が社交辞令か何かで付き合ってくれている、と思っていた為、それを認識して、嬉しくなっている。

 悠介も、それにつられて少し不器用に笑う、それは、悠介が見せた、十何年ぶりかの笑顔だった。

「悠介、やっぱり笑顔が素敵だよ。」

「そうか?」

「うん、僕の見立ては間違ってなかった。」

 言われたらすぐに引っ込めてしまうかもしれない、と浩介は感じていたが、予想外にも悠介は笑っている。

 確かに不器用だ、表情が硬いというべきか、笑い慣れていないのだろう、というのがよくわかる、ただ、それを抜きにして、浩介にとって、悠介の笑顔というのは眩しかった。

 初恋の相手、そして、笑顔を見た事が無い相手、そんな相手の、笑顔。

 それは眩しくて、そして尊くて、と浩介は考えた。


「悠介、結果どうだった?」

「ん、合格してたよ。」

「おめでとう、それで、やりたい事は見つかった?」

「うーん……、それがまだなんだ。なんとなく大学に入った方が良いと思っただけで受験したから、まだやりたい事だとか、目標って言うのが無いんだよ。」

 三月の初め、浩介とデートをする前に、大学に行って合格発表を見て来た。

 受験番号はちゃんと確認した、これで後は、納期までに振り込みをすれば、俺も晴れて大学生だ。

 浩介や良太さんは四年生になる、悠治君が二年生になる、だから、俺は後輩って形になる、ただ、同級生だけど後輩、年下だけど先輩、って言うのは、ちょっとだけ違和感がある。

 仕方のない事だ、俺は高卒でそのまま働くしかなかった、だから、それが間違いだとは思わない。

 高校まで出してくれただけ御の字、だと思ってたから、それ以降の事って言うのは、俺自身の選択だ。

「大学か……、大学生生活って、どんな何だろうな。」

「楽しいよ?僕は友達と一緒に遊んでる事案が一番楽しいけど、でも勉強も楽しいし、これから先の事を考えるとわくわくするし、楽しい。悠介が後輩になるって言うのはちょっと違和感があるけど、でも、きっとやっていけるよ。僕達、恋人でしょう?」

「そうだな。付き合い始めてかれこれ三か月か、付き合おうって言われた時は、もうとっくに終わってると思ってたよ。」

「どうして?」

 どうして、と問われると、わからない。

 ただ、あの時の俺は、一か月も持たないと思ってた、一か月位で嫌われて、また独りきりに戻ると思ってた、それがなんでかはわからない。

 でも、今は違う、ずっと付き合ってたいっていうか、別れるのはやだな、と思ってる。

「俺ってさ、人間関係を構築するのが壊滅的に下手くそだろ?だから、ずっと独りだったんだと思う。だから、浩介にもすぐ嫌われるんだろうな、って思ってたんだよ。」

「そんな事、考える必要なんて無いのに……。でも、悠介が生きてきた道を考えれば、そう言う考え方もおかしくはないのかな。でも、僕はずっと好きだったよ?悠介の事、ずっとずっと好きだった。なんで好きだったのか、って言われると、それこそなんとなくって言うか、初恋の人に夢見てただけかもしれないけどさ。でも、ずっと好きなんだろうな、って思ってたよ?」

「ありがとう、浩介。こんな俺を好きでいてくれて、告白してくれて、付き合ってくれて。そのおかげで、俺は皆にとっての当たり前を、今実感してるよ。」

「皆にとっての当たり前?」

「……。人は独りでは生きていけない、誰かに愛されて無いと、人間として成立しえない。俺は、誰にも愛されてないと思ってた、それが当たり前だと思ってた。施設でも変わり者扱いで、笑わない、可愛くない子だって言われ続けて、就職先でも嫌がらせを受けて、学校では遠巻きにされて。人間として、形を成してるだけで、人間ではなかった、それが今までの俺だったんだな、って思うんだ。だからこそ、俺を人間たらしめてくれた浩介には、感謝してる。俺は、ずっと人間であって人間じゃない、そんな曖昧な存在でいるままだった、俺って言う人間を愛してくれる人なんて、この世の中にいないと思ってた。でも、それは違った。どんな人間だって、愛される資格はある、そんな当たり前の事に、今更気付いたんだよ、浩介。それを教えてくれたのは、誰でもない、浩介だ。」

 浩介にとっては、愛されることは当たり前の事、家族に、友達に、愛されて、愛して、それが当たり前だったんだろう。

 でも、俺は違った、愛する事もなかった、愛される事もなかった、それは人間とは言えない、と誰かに言われた覚えがある。

 その言葉は嫌味や憐憫ではなかった、ただ、俺を想っての言葉だったんだろう。

 だから、それを覚えてた、その言葉が、ずっと何処かで引っ掛かってた、だから俺は、人間ではないんだと思ってた。

 でも今は違う、俺は人間で、愛する事が出来て、愛されていて、ちゃんと人間として成立してる。

「浩介がいてくれたから、俺は人間として成立出来たんだ。感謝してる、それこそ、生涯をかけてお返しをしないといけないな、って思う位にな。」

「うーん……。悠介の言葉って、時々難しいや。でも、僕に何かが出来てたなら、それは嬉しいな。僕も、悠介の為に何かが出来てたんだ、って思えるから。」

 お互い、長い時間をかけたもんだ。

 浩介は小学生の頃の初恋を追いかけて、俺は人間として生きる道を探して、お互い長い旅路だったと思う。

 ただ、今はこうして出会う事が出来た、愛し合う事が出来た、だから、それで良いんだ。

 昔の俺がどうだったとか、人間ではないと思ってただとか、そう言う事もこれからも思い出すんだろう。

 ただ、今は幸せだ、今は、こうしていたい。

 そう思って、浩介にキスをした。


「今日から大学か。そう言えば座学が九十分なんだっけか。」

「そうだよ?高校の頃は五十分だから、倍位にはなるよ?でも、慣れればそんなに長くは感じないかなぁ。」

「なら良いんだけどな。」

 今日から大学、入学式を終えて、浩介に校内を案内してもらってる最中だ。

 色んなサークルの先輩達、って言っても、年齢的には後輩か同期なんだけど、一生懸命にサークル勧誘してる姿を見ると、初々しい気持ちになってくる。

 高校時代は部活にも入ってなかった、でも、それを咎める人間はもういない、今更運動を始める、って言うのはちょっと違うと思って、浩介に誘われた野球部への入部は断ったけど、色んなサークルがあって楽しそうだ。

「サークルは入る予定とかあるの?悠介って、趣味なんだろう?」

「そうだな……。運動全般は苦手として、文系のサークルで何があるか、だな。」

 趣味って言われると、本を読む事なんだけど、それに関係するサークルって言うと、何があるだろうか。

 読書サークル、なんていう安直なものが会ってくれれば楽なんだけど、見た感じそう言うのはなさそうだ。

「そうだ、悠介も書いてみたらどう?同人誌って言うんだっけ、本を書くサークルがあったはずだよ?小説とか、漫画とか、そう言うのを一緒にやってるサークル、あったはずだよ。」

「漫画は絵が描けないから無しとして、小説か……。有りっちゃ有りかもしれないな。」

「良太君が所属してたはずだし、行ってみようよ!」

 浩介に連れられて、校内に入って慢研のサークルを探す。

「良太君!」

「あ、浩介君に悠介君!悠介君、ちゃんと入れたんだね!良かった良かった。」

「あのね、悠介が、小説なら書いてみるのもありかなって言ってたんだ。だから、サークルにどうかなって。僕はほら、野球があるでしょ?でも、悠介は運動系はやらないって話だから、どうかなって。」

「悠介君、小説書いた事あるの?」

「いや、無いよ。ただ、興味はあるかな。」

 同人誌サークルの所まで来て、良太さんに挨拶をして、どんな作品を扱ってるのか、とかが気になってくる。

 小説、俺が書いた所で面白味はないんだろうな、って思って挑戦してこなかったけど、これから先、何かあった時に書いてよかったと思えるかもしれない、なんて事を考える。

「先輩、新入生ですか?」

「えっとね、そうなんだけど、僕達と同い年なんだよ。色々と事情があってね、入学が遅くなったんだ。僕は前から知り合いだけど、そっか、俊明君は初めましてだもんね。悠介君、この子は一個下の俊明君、今は三年生で、次のサークルリーダーになる予定の子だよ。」

「初めまして、俊明さん。坂入悠介です。」

「えっと、年上の人なんですよね。宗田俊明です、よろしくお願いしますね、悠介さん。」

 俊明さんは、ぽっちゃりしたのほほん系男子って感じの子で、文系に居そうっていうイメージが強い、眼鏡を掛けてるって言うのもあるかな、黒縁の丸眼鏡を掛けてて、それがまた文系男子っぽさを出してる気がする。

 良太さんは確かコンタクトをしてるって、何処かで言ってた気がする、眼鏡があんまり似合わないから、って言う理由で、コンタクトを付けてるって言ってたっけか。

「悠介君は怖くないから、大丈夫だよ、俊明君。確かに表情は硬い方かもしれないけど、でも、優しい人だから。」

「そうなんですか?でも、怖いって感じはあんまりしないです!」

「そうか、それはありがたいな。怖がられる事が多いから、そう言ってくれると助かる。」

「それで、悠介さんは小説と漫画、どっちを希望してるんですか?」

「ん、そうだね。漫画は絵を書いた事が無いから難しいだろうけど、小説はたくさん読んできたから、そっち方面で何か出来ないかなって思ってるよ。」

「そうだったんだ。悠介君って、自分の事話したがらないって言うか、秘密主義的な部分があると思ってたから、そう言う考えがあるとは思わなかったなぁ。」

「大学入るなら何かしらサークルは入ってた方が良いって、浩介にアドバイスされてね。それなら、得意分野で何かあるかな、って思った時、小説って言うのが思いついたんだ。」

 浩介は横でうんうん頷いてて、良太さんは成る程ね、って顔してる。

 俊明さんは、俺達が同世代で、って言うのが違和感があるみたいで、新入生だけど年上、って言うのがあんまりなかったんだろうな、俺からしたら、年上の後輩とか同期って言うのは結構当たり前だったけど、この子にとっては、それは違和感のある敬虔なんだろう。

「それで、入ってみる?小説書きたいって言うのなら、僕もアドバイス出来ると思うよ?ただ、就活があるから、あんまり顔は出せない気もするけどね。」

「そっか、良太さん達は就活があるのか。浩介がちょっと時期がずれるから、忘れてたよ。」

 新入生として扱ってほしい、って言うのがちょっと違うのかな、でも、先輩である事に変わりはないし、どうなんだろうか。

 複雑な関係になりそうだ、なんて思いながら、少しだけこれからの事を考える。

 これから先、年下の先輩達と一緒に何かをする、その上で円滑にコミュニケーションをとれるか、相手にとって苦痛にならないか、そんな事、今までは考えた事もなかった。

 ただ独りでそこにいて、ただ仕事をこなす、それが俺にとっての当たり前だった、取引先の機嫌を取る事や、上司の接待とかをする事はあっても、それ以外に人間関係って言うのを、碌に構築してこなかった。

 今でさえ、浩介や悠治君、良太さんを通して世間というか、円滑なコミュニケーションの仕方を学んでる状態だ、だから、年下の先輩達とどう接すれば良いのか、それがわからない。

「悠介君、悩んでる事当てようか?」

「ん?」

「年下の先輩と関わる方法っていうか、そう言うニュアンスで悩んでるでしょ?」

「……。そうだな、年下だけど先輩だし、粗相をしない様に、って思ってるよ。」

 良太さんは観察眼が鋭いって言うか、こっちの悩みを的確に当ててくる。

 関わり始めて数か月、浩介の悩みもよく聞いてるらしくて、その観察眼に関しては、浩介も一目置いてる、っていう話だったけど、そんなに関わりのない俺のそう言う悩みを当ててくる辺り、それは間違いじゃないんだろう。

 それだけ人を見てるんだろう、俺とは大違いで、繊細なんだろうな。

「悠介さん、別に大丈夫ですよ?普通に接してもらえれば、大丈夫です!」

「俊明さん、ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。」

「さん付けなんて止めてくださいよ!俊明か、君付けで良いですよ!」

「ごめんな、俺の習慣って言うか、浩介と悠治君以外はまださん付けしか出来ないんだよ。別に距離があるからとか、そう言うわけでもないんだ。ただ、俺の癖って言うか、そう言う事なんだよ。」

 俊明さんは、多分年上の人にさん付けなんてされた事が無いんだろう。

 だから違和感があるって言うか、そう言うむずがゆさがあるんだろうな。

 ただ、俺は付き合いがそこそこになってきた良太さんでさえ良太さんだから、まだまだ人の事をさん付け以外で呼ぶのは難しい。

 それだけ染みついた習慣、それだけ癖になってるんだろうな、って言うのが俺の考えだけど、普通に考えたらおかしいんだろうな。

「気にしないでくれ、俺の性分みたいなもんだから、そういうもんだ、って思ってくれると助かるよ。」

「わかりました!じゃあ悠介さん、サークルへは入られるんですか?」

「お言葉に甘えようかな。小説を書くのも初めてだから、色々と勉強させてくれ。」

「ぜひです!」

 俊明さんは、パンフレットを渡してくれる。

 それは何時何処で活動してるか、どんな活動をしてるのか、を丁寧に印刷したもので、まさかまさかのコミックマーケットにも出店をしてるらしい。

 ある意味凄いサークルに入る事になったな、なんて思いながら、浩介と一緒にその場を後にして、大学の構内の散策に戻る。


「悠介ってさ、対人スキル高いよね。流石は元営業さんだね?」

「そうか?」

「うん、もうちょっと緊張するかなーって思ってたんだけど、全然緊張してなかったみたいだし、俊明君ともすぐに打ち解けてたでしょう?だから、そう言う人と関わる事自体は問題ないんだなって。」

 校内を散策しながら、浩介は驚いていたが、同時に納得もしていた。

 悠介の対人スキル、人と関わる事を嫌がっている節があると思っていたら、そんな事もなく、そう言えば営業職だった悠介が、対人スキルが無いわけが無い、と。

 ただ、それ以上に驚いていた、浩介と関わり出した頃は、もう少し硬かった、ぎこちなかった、それが、今ではすんなりと関係性を構築出来る様になっていて、いつの間にか、周囲に馴染む事が出来る様になって。

 少しだけ、寂しい気持ちになる、ただ、それは悠介にとっては良い事だ、と思い返す。

「悠介ってさ、壁があるって言うか、そう言う感じだと思ってたんだ。なんだか、人と関わる事を嫌がってるって言うか、僕と付き合い出すのも社交辞令だったのかな、って。それは間違いだったんだなって、今になって思ったよ。悠介は、壁を作られてただけで、壁を作ってる訳じゃなかった。ちょっとホッとしたよ、悠介が人と関わる事を嫌がってたら、無理をさせてる事になっちゃうな、って。」

「……。俺はさ、独りでいる事が当たり前だと思ってたんだ。前にも言ったかな、独りっきりで生きて、独りっきりで死んで、それが当たり前だと思ってた。ただ、それは間違いだったんだなって、浩介を通じて知ったんだ。怖かったんだよ、施設育ちの親無し子、って距離を置かれるのがさ。でも、今は違う、人と関わる事って、存外に悪い気分じゃないなって、そう思うよ。」

「そっか、それなら良かった。」

 浩介は、悠介が今まで言われてきたのであろう言葉を想像する、それは、悲しい現実だったのだろう。

 施設育ちの親無し子、と言われ、仲良くしようとしても遠巻きにされ、心を閉ざす方が楽だったのだろう。

 今は違う、と言うが、今でもそうなのではないだろうか、また言われてしまったら、そう戻ってしまうのではないか、それが不安だった。

「……。悠介はさ、とっても素敵な人だよ。」

「ん?なんだ藪から棒に。」

「思った事を言ってみただけだよ。悠介は素敵な人、誰が何と言おうと、僕が保証するよ。施設で育ったから、親がいないから、そんなの関係ない、そんな事、誰が言ったって、構いやしないよ。僕は、悠介は素敵な人だと思う、それは変わらないよ、ずっとね。」

「ありがとう、浩介。その想いに、助けられてるよ。俺も、浩介が好きだ。最初は確かに戸惑った、告白された時、色々と考えた。でも、今では違う、今は、心の底から、浩介の事が好きだよ。」

 浩介の不安、それを悠介は理解しているのだろうか。

 浩介の不安、また独りになってしまうのではないか、という不安、それを、悠介はどう思っているのだろうか。

「悠介はさ、友達とか作らないの?もう、施設育ちがどうのって気にする人も少ないんじゃない?」

「どうだろうな。職場でも言われてた位だから、言われ続ける事なんだろうな、とは思ってるよ。ただ、それでも受け入れてくれる人がいる、それも事実だ。……。俺は、怖がってるのかもしれない。友達になったとしても、笑わない、冗談も言えない、つまらない人間だって言われるのが、怖いのかもな。……。俺は臆病者だから、人と関わる事は今でも怖いんだ。ただ、それじゃいけない、とも思ってるよ。」

「意外って言うか、それ位悠介は馴染んでると思うよ?コンビニでもそうだし、ここでもそうだし、良太君とかと関わってる時も、自然な感じがするよ?」

「それは良かった。まだ無理をしてる気がするけど、それでも自然体でいよう、って思ってるから。笑えないのは、相変わらずだけどな。」

 笑えない、浩介は、悠介が笑っているのを一度しか見た事がなかった。

 小学生時代から真顔でいる事が常だった悠介が、笑う姿を想像出来ない、というのもあったが、実際に笑った顔を見てみると、可愛らしいという印象を受けた、ただ、悠介にとって、笑う事と言うのは、難しい事なのだろう。

 記憶に残ってる限りでは、生涯で笑った事が無い、と断言している程な悠介が、笑顔になる、それは、途方もない道のりの果て、なのだろう。

 それはわかっていた、浩介も馬鹿ではない、それ位の事はわかっていた。

 ただ、笑ってほしいと願っていた、笑顔でいてほしい、と願っていた。

 それを口にし続ける事が悠介の負担になったら嫌だ、と思って口にしていないだけで、常日頃から、悠介に笑顔でいてほしいと願っていた。

「そうだ、野球サークルにも顔出してよ!悠治もいるし、会いに行かない?」

「そうだな、悠治君に会いに行くのは良いな、それに、浩介の仲間って言うのには、興味がある。」

 人間に興味がない、それは、感情に蓋をしていただけなのだろう。

 元来の悠介の性格、それは天真爛漫とは言えないが、しかし、純粋だったのだろう。

 純粋だったからこそ、人に言われた言葉を重く受け止め、そして心に蓋をしてしまったのだろう、と浩介は考えていた。

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