遅く来た青春
「浩介さん、今日はバイト終わり空いてる?」
「うん、空いてるよー。どこか遊びに行く?」
「バッティングセンター、って言うのがあるんだろ?野球をやるって言うのはハードルが高いけど、そっちなら出来そうかなって。」
バイトを始めて一か月、もう十一月になった。
俺は浩介さん限定だけど、敬語を使う事を止めて、タメ口で話をする様になってた。
さん付けはまだ治ってない、癖って言うか、先生とか同級生とかにもさん付けして呼んでた俺は、中々そこを突破できずにいた。
浩介さんも、さん付けなんてしなくていい、ってずっと言ってくれてるんだけど、長年の習性って言うか、そう言った事が抜けてくれない、こればっかりは俺も困ったもんだ。
「バットの握り方はこうで、振り方はこうだよ。」
「わかった、やってみる。」
バイト終わり、近所のバッティングセンターに来ていた二人、浩介が悠介にレクチャーをして、悠介は生まれて初めてのバッティングセンターを楽しもうとしていた。
浩介は、まだ自分がさん付けされて呼ばれている事に違和感とでも言えばいいのだろうか、しなくてもいいのに、と言っていたが、悠介の癖が治らない事には、それは叶わないのだろう、と理解していた。
小学生時代、よく覚えている、話しかけられた時も、坂崎さんと呼ばれていた、そんな小さい頃から、人をさん付けする事が当たり前だった悠介からしたら、浩介に対して敬語を使っていない、それだけで大きな一歩なのだろう。
まだまだ浩介の思惑は達成できそうにない、ただ、それに関して順調に事が進んでいる、それは確かだった。
感触がないわけではない、ただ、少しだけ時間がかかりそうだな、と浩介は感じていて、それを悠介がどう対処するか、どういった反応をするか、それが一種の懸念点だった。
「ほっ!」
「惜しい!」
「難しいんだな、こういうのって。運動なんて体育の授業でしかしてこなかったから、分からなかったよ。」
「頑張って!筋は良いよ!」
フルスイングをして、空振りをする悠介。
ただ、浩介の見立てでは悠介は筋は良い方だと感じていた、体型が太い割に、運動神経は良い方なのだろう、と。
「ふん!」
カキン!と音が鳴って、二回目のボールを打つ悠介。
これがバッティングセンターの楽しみか、と悠介はその楽しさを知り、次のボールを待つ。
「浩介さんは、速い球の方行くんだな。」
「そりゃね、現役の野球っこだからね!」
俺が打ち終わって、浩介さんは一番早い所に行く。
七十キロから百十キロまである球速の中で、一番早い百十キロを選んで、浩介さんは軽々と球を打っていく。
確かに、現役で野球をやってるだけあって、俺とは大違いの飛ばし方をするし、打ち方なんかも全然違う。
何だろう、こう、腰が入ってるって言うか、そんな感じだ。
テレビをあんまり見ないタイプだから、プロの野球選手のフォームなんかはわからないけど、高校野球はたまに眺める、その中でもうまい方、って言われる子達によく似たフォームの打ち方だ。
「浩介さんは野球だとどのポジションなんだ?」
「ん?えっとね、ピッチャーだよ!」
「にしては良い打ち方してるけどな……。」
「ほら、大学までの野球って、ピッチャーが打席に立つ事もあるから。DHじゃないってえば伝わるかな?」
「DHって、確か打者専門のポジションの事だっけ。」
成る程、兼任してるなら話はわかる。
世間では二刀流の化け物、なんていわれてるプロの人がいる位だ、それ位は出来て当たり前なんだろう。
大学野球は見た事が無い、どんな感じなのか、高校野球よりレベルがどうなのか、とかは知らないけど、浩介さんは結構上手い方なんじゃないかな、とは思う。
良い線行ってるって言うか、プロになっても遜色がない、って言う位に見えなくもないけど、素人目だから、それはわからない。
「悠介は楽しかった?バッティングセンター、初めてだったんでしょ?」
「そうだね、楽しかった。この後飲みに行こうか、浩介さんが飲みすぎない様に、見ておかないと。」
「あはは、ありがとう、悠介。」
バッティングセンターを後にして、居酒屋に向かう。
煙草が吸える居酒屋、って言うのも最近は減ってきてる、ただ、駅前のいつも行ってる居酒屋は、有難い事に喫煙可な所だ。
浩介さんは煙草を吸わないけど、俺が吸う事は咎めない、煙は慣れてるから、って言って、吸わせてくれる。
「悠介、そろそろ受験?」
「ん?そうだな、来月には受験になるのか。浩介さんは四年になるんだろ?」
「そうだよ!三年遅れで入ってくるって事は、一年しか一緒に学校行けないけど、楽しみだよ!」
十二月、浩介の誕生日という事で、浩介の家に招待されていた悠介は、浩介の両親と悠治と、共に食卓を囲んでいた。
この数か月でだいぶん仲が良くなった、まださん付けは続けているが、距離感も縮まってきた。
浩介は、その感触を確かめながら、少しずつ悠介との仲を深めていっていた。
「悠介君は誕生日はいつなのかしら?お祝いしてあげたいのだけれど?」
「えっと、誕生日は明日ですね。浩介さんと一日違いです。」
「そうか、ならまた明日、遊びに来ると良いな、悠介君。君の誕生日を祝う人がいないというのなら、私達がその役目をしようじゃないか。」
「……。良いんですか?」
「良くなかったら言ってないって!悠介さん、独りっきりだって言ってたから、誕生日とかをお祝いする事もなかったんでしょう?だから、僕達がお祝いするよ!浩にぃのお祝いにも来てくれたしさ!」
「悠治さん……。ありがとう、お言葉に甘えるよ。」
年下の悠治にさえさん付けで接している悠介、長年の習性はなかなか染みついて消えてくれない、それは悠介自身が気にしていた。
バイト仲間達にはそれでも良いのだろうが、浩介や悠治は、慕ってくれている、そんな相手に、さん付けで接する、という事に違和感を感じていた、ただ、それを止めるにはまだ踏ん切りがつかない、というのが、悠介の中にある感情だった。
「ケーキを焼かないとだわね!明日が楽しみだわ?」
「あはは……。お母さん、ありがとうございます。」
「悠介、本当に良いの?無理してない?」
「嬉しいよ。こうして祝ってもらうなんて、今までなかったから。どういう顔すれば良いのかがわからないけど、嬉しい。」
悠介の表情が変わらない事に浩介が疑問を抱いていたが、ここ数か月関わって来て、悠介が笑った事は一度もない、声では笑うが顔は笑わない、それが悠介だと感じていた。
だから、素直に喜んでいるのか、それとも社交辞令として喜んでいるのか、それがわからなかった、ただ、悠介の言葉を信じよう、と頭を切り替える。
「じゃあ、僕からも何かプレゼント送らないとね。」
「プレゼント?」
「貰った事ない?」
「無いかな。施設にいた頃も、家にいた頃も、なにも貰った事が無いかな。」
悲しい、そう浩介は感じていた。
子供の頃に体験していてもおかしくはないはずの経験、誕生日というイベントを祝って、プレゼントを受け取って、という行為をされた事が無い、それが悲しい、と。
ただ、そうなのであれば、これから先そうしていけば良い、とも感じていた、これから先、そういう経験を経て、笑ってくれる様になれば、と思っていた。
「浩介さん、ありがとう。」
「ん?どうしてたの?」
「誕生日祝いに誘ってくれて、感謝してるよ。ずっと、施設でも誰かの誕生日とか興味がなくて、参加してなかったから。いい経験が出来た、と思う。」
俺は笑わない、愛想笑いすらしない、それは自分自身がよくわかってた、なんでかまではわからない、ただ、笑うって言う行動を取る事が出来ないまま、ずっと生きてきた。
そのせいか、仏頂面が普通で、眉間にずっと皺が寄ってて、この歳で眉間にしわが出来てて、そんな俺を、友達だと言ってくれた、小学校の時に一緒だったから、って言って、友達として関わってくれてる。
それが嬉しい、そんな時でも笑わない俺はなんなんだ、って思わなくもないけど、顔に出ないだけで、嬉しい。
夜になって、俺はお暇をしようと思ったんだけど、浩介さんが家に泊りたい、って言ってきたもんだから、一緒に歩いてるわけなんだけど、友達って言っても同じベッドで寝る訳にはいかないし、どうしたもんか、なんて考えてる。
「ねぇ悠介。」
「なんだ?」
「あのね、僕……。」
「……?」
珍しく歯切れの悪い浩介さんを見て、不思議に思う。
暗くて顔色までは見えない、ただ、不思議な表情をしてた、もじもじしてるって言うか、なんていうんだろう、何かを言いたいけど、言って良いのか、って考えてる感じだ。
「あのね……。お付き合いしたい、って言ったら、駄目かな?」
「お付き合い?俺と?」
「うん、小学生の頃、悠介に一目惚れしたんだ。それから時間は経っちゃったけど、でも、やっぱりこの想いは変わらなかった。だから、僕と付き合ってください!」
付き合う、って言う単語が出てきて、驚く。
驚くどころじゃない、どうすればいい?どう反応するのが正しい?友達として返すのが正しいのか?それともその想いに応えるのが正しいのか?振るってなったらなんて言葉を掛ければ傷つけずに済むんだ?付き合うっていうのなら、どう返事を返せば良いんだ?
軽くどころじゃない、頭がパニックを起こして、口をぽかんと開けたままその場で立ち止まって、浩介さんの方を見てる。
「……、駄目かな……?」
「あっと……、あー……。」
きっと、答えは今出さなきゃならない。
断った所で浩介さんとの友人関係が終わるとは思ってないけど、それでも関係性に変化は訪れると思う。
それは受け取っても一緒だ、どっちにしろ、関係性は変化する、それが良い方向か悪い方向か、の違いだけしか、そこには残されてない。
ふと、浩介さんの顔をじっくり眺める。
浩介さんは、駄目で元々って言う感じだったのか、少し涙目になってて、心なしか怯えてる表情をしてる。
そう言う感情には敏感な方だ、仕事柄、相手の感情を読んで行動をする、それは当たり前に出来なきゃいけない事だった。
「俺で良い、のか?俺、友達さえ浩介さんが初めてで、付き合いなんてした事ないんだぞ?こんな奴だぞ?仏頂面で、笑った事もない、感情があるんだか無いんだかも分からない様な人間だぞ?」
「うん、僕は、悠介の事が好きなんだ。ずっとずっと、好きだった。高校を卒業して、コンビニでバイトを始めてからずっと、悠介と話がしたかったんだ。でも、店員とお客さんの関係だったから、それを諦めてた。ただ、今はこうして友達になれた、だから……。」
「……。本当に良いんだな?付き合い方なんて、知らない人間だぞ?」
「うん。どんな悠介だって、僕は好きだよ。」
一目惚れした、って言ってた、それは小学生にしてはませた考え方だ、ただ、それは嬉しいとも思う。
ずっと独りで生きていくと思ってた、そんな俺に、神様は一度だけチャンスをくれた、様な気がする。
「……。こんな俺で良ければ、付き合いたい。浩介さ……、浩介と、付き合いたい。」
「良いの……?僕から言い出しておいて何だけど、無理してない?」
「してないさ。純粋に、嬉しいと思ってるよ。顔に出ないのは、これからの課題だとして、俺は嬉しい。こんな俺でも、一緒に居たいと言ってくれる人がいる、それは嬉しいんだ。」
浩介は、嬉しそうに笑う。
誕生日に告白する、それは勇気がいる事だろう、そもそも、俺みたいなの相手に告白するって言う時点で、勇気が必要だっただろう。
それでも伝えてくれた、その想いに、応えたいと思ったんだ。
「悠介、やっとさん付けじゃなく呼んでくれたね。」
「……。そうだな、初めての経験だ、幼稚園生の頃なんかは覚えてないけど、気が付いたら、さんを付けて人を呼ぶのが当たり前だったから。ただ、恋人なら、それはおかしい気がするんだよ。よそよそしいって言うか、そんな感じがするんだ。だから……。だから、頑張っていきたい。」
「ありがとう、悠介。」
浩介は、そう言って手を繋いでくる。
ドキッとする、そう言った経験をした事が無かった俺は、初めての経験に戸惑う、でもそれは、嬉しい戸惑いだ。
手を繋ぎ返す、暖かい、寒い時期には丁度良い温もり、初めて感じる温もり、何時だったか感じた事がある様な、そんな温もり。
一緒に歩いて、何気ない日常があって、そして特別な日があって。
これから先の事、共有できるかな。




