覚えていなくても
「もしもし?」
「あ、坂入君?制服届いたから、明日から来てもらえるかな?」
「はい、分かりました。」
一週間くらい勉強してて、気が付いたら十月になろうとしてる。
外の気温もだいぶ涼しくなってきた、秋が来るって思ったら、少し楽になる。
って言うのも、俺はデブだから、汗をたくさんかく、汗臭くなって周囲に面倒かけるのは嫌だから、と思って、ずっとデオドラントスプレーとか、制汗シートが手放せなかった。
だから、秋が深くなってきて、涼しくなってくれる、それは有難い話だ。
「時間はそうだね、夕方が良いかな。夕方五時に店の方に来てもらって良いかい?」
「はい、了解しました。」
取り合えずバイトが決まって良かった、雇用契約書も記入済みだし、後は提出するだけだ。
明日の午後五時、いつもは朝六時に起きる身だから、全然問題はない。
大学に通う、って思って勉強を思い出してるけど、なんとなくコツもつかめてきた、難関校なわけでもないし、この調子なら合格も問題ないだろうな。
「じゃあ、明日ね。」
「はい、ありがとうございます。」
無機質な人、なんて言われる事が多い、俺の電話対応、熱くなる事が無いって言うか、なんだろう、淡々としてる方が楽って言うのかな。
取引先の新規開拓の時にも、最初は怖がられたりした、声に抑揚が無いから、っていう理由で、電話対応を任せられないって言われた時期もあったかな。
「さて、明日か。」
新しい職場、って言っても、誰かと仲良くするつもりはないし、大学を卒業するまでの繋ぎでのバイトなわけだし、問題さえ起こさなければ大丈夫だろう。
誰かと仲良くするつもりがない、って言うより、誰かと仲良くしてる自分を想像出来ない、って言う方が正しいかもしれない、俺はずっと独りぼっちだった、それが寂しいとも思わない、それが間違ってるとも思わない、ただ、群れるのは好きじゃない。
群れないと生きていけない人間達に虐められてきて、それが嫌になったのが、何時だったかな。
施設の職員さんに言われた、仲良くしないといけません、皆で仲良くやっていかないといけません、って言う言葉も、俺には響かなかった。
「煙草煙草っと。」
人と仲良く、する意味が分からない。
誰かと仲良くなった所で、何の意味があるんだろうか。
愚痴を聞いてもらえる?相談事が出来る?一緒に思い出を作れる?だから何なんだろ、本当にそう思っちゃう。
「ふー……。」
会社でだって、営業に送られたから営業をやってたんであって、事務に送られれば事務をやってただろうし、そう言うもんだと思ってた。
営業先では粗相はない様にしてたけど、それだって仲間を作りたいとか、友達を作りたいとかじゃなくて、ただ単に仕事としてやってただけだ。
そう言う所を評価してもらってたわけだし、そう言う人間だって理解されてたから、淡白だったとしても、感情が希薄だったとしても、仕事として成り立ってた。
それで良い、と思ってた、人間性がおかしい、だとか、そんなものにいちいち目くじらを立てる方がめんどくさい、って感じだったし、そもそも論俺は友達が欲しくて就職したわけでもない、金銭を稼ぐ為に、生きていく為に働いてたんだ。
人を信じられないなんて、可愛そうな人だね。
そう言われた事もある、ただ、俺は信じる価値が無いから信じてないだけで、信じる価値がある人間に出会ったら、その人は信じる、と思ってる。
対人運が悪い、って言っちゃえばそこまでなんだけど、何だろう、根本的に人間を分かり合える気がしない。
自分は人間じゃない、なんて中二病な事をいうつもりはないけど、何だろう、根本的な部分が、俺はずれてるんだろうな。
孤独を孤独だと思わない、友達を必要としない、仲間がいる理由がない。
集団生活を送るうえで、決定的に何かが欠落してる、それは俺自身理解してた。
「さて、準備。」
飯を食べて、寝て、明日からバイトで。
何が変わるわけでもない、わくわくする事もない、ただ、少しだけやる事が変わるだけだ。
「今日からお世話になります、坂入悠介です。」
「あ、いつものお客さん!僕は坂崎浩介!同い年なんだってね!」
「そうなんですか?」
「うん!店長が言ってたよ!大学に行く準備をしてるんでしょう?頑張ってるんんだね!」
「そうですね、大学に行こうと思ってます。就職の選択肢は、大学を出た方が多いので。」
十月の頭、午後五時、俺はコンビニのバイトの初日だ。
俺が店長さんに声かけしてもらった店員さん、坂崎さんが、俺の先輩って言うか、指導係になる、って言う話で、高校生か少し年下かに見えてたから、同級生だって言うのは、少し意外だ。
見た目的にも性格的にも溌溂としてるんだろう、坊主頭に程よく焼けた、ほどほどに鍛えてる体、多分野球部かな。
「それで、大学って何処の行こうとしてるの?」
「千葉大に行こうと思ってます。分校が近いですし、偏差値的にも問題はないはずなので。」
「え!?千葉大は僕が通ってる学校だよ!そうなんだぁ、じゃあ、来年受かったら同い年の後輩になるんだね!なんだか不思議な感覚だなぁ。」
この子、他人を疑う事を知らないタイプだ。
それはそれで稀有な存在って言うか、なんていうんだろう、純真?純情?純情は違うか、純真なんだろな、誰とでも打ち解けて、友達になって、それが当たり前みたいなタイプだろうな。
苦手じゃない、害がないタイプだから、放っておけばそのうちこっちに興味がなくなるか、仲良くなる事を諦めると思う。
「それも良いですけど、今は勤務中ですよ、坂崎さん。教えていただかない事には、俺も何も出来ません。」
「そうだったね!それじゃ、坂入君、よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします。」
「もう、同い年なんだから、敬語なんて使わなくて良いのに!」
って言われても、仕事の先輩にあたるわけだし、敬語を使わないとそれはそれで失礼だろう。
困った事をいう子だな。
「じゃあ、まずは着替えて貰って、レジ打ちから始めようか!」
「はい、お願いします。」
仕事を開始して、覚える事が多いだろうからと思って、メモ帳とボールペンをもって、坂崎さんの後ろについて回る。
「お、新人さんかい?」
「そうなんですよ!僕と同い年なんです!」
「ほうほう、そうかいそうかい、精が出るね!」
「煙草はいつものですか?」
「そうだよぉ、八十番一個ね。」
フロアに出て早々、常連さんっぽい人と坂崎さんが話をして、スムーズに煙草を選んで、レジを通してる。
レジの通し方、それを覚えるのが最初かな、と思って、黙って坂崎さんのやってる事を見て、メモしていく。
品物を読み取って、それからレジの方で捜査をして、会計はお客さんにやってもらう、それはわかってた、俺もよくこのコンビニを利用してたわけだし、銭勘定に関する事は知ってる。
セルフレジになってから、数え間違いがなくて助かる、なんて話を聞いた覚えがある、それが何年か前だったかな。
「それで、坂入君!これをね?こうして……。」
「はい。」
坂崎さんは、テンションに似合わず丁寧に教えてくれる。
他のお客さんの相手をしながら俺の面倒を見てるんだから、結構ベテランさんなのかな?なんて思ったり。
普段が仕事終わりに来るって感じで、夜か深夜だったからあんまり顔を合わせてなかったけど、もしかしたら知らないうちに顔見知り程度にはなってたかもしれないな。
「坂入君、覚える事多くて大変でしょう?」
「いえ、前職もこれ位の事はしてたので、大丈夫ですよ。」
「そっか!そう言えば坂入君は働いてたんだっけね!そうだ、この後飲みに行かない?頑張ろうって言うか、記念って言うかさ!」
午後十時、バイトが終わって、坂崎さんと一緒に着替えをしてたら、何やら不穏な言葉が。
飲みの誘い、前から苦手だったけど、行かないと行かないで円滑に色々進まないから、面倒だけど行ってた、何て感じだ。
この子、若く見えるけど年齢確認とかされないのかな、そもそも飲める様に見えない。
「そうですね、是非。」
「やった!じゃあ、行こっか!」
無表情で返事したはずだったんだけど、嬉しそうにされるもんだから、ちょっと面白い。
ただ、顔に出すと後々面倒そうだから、と思って、それは引っ込める。
「坂入君ってさ、彼女いたりするの?」
「彼女ですか?生憎と、独り身です。そもそも、俺は女の人苦手なので。」
「そうなんだ!僕も女の子って苦手って言うか、ちょっと近寄りがたい感じの人が多いからさ、わかるかも!」
居酒屋までの道、浩介は悠介に話を振っていた。
その理由、それは浩介にしかわからない事だったが、浩介は、何故か悠介と仲良くなりたいと考えている、それが悠介の所感だった。
理由がわからない、と戸惑っている悠介をよそに、浩介は嬉しそうにニコニコと笑い、そして話を続ける。
「僕ね、ゲイだって言われたんだ。女の子で興奮しなくて、野球部の子達と一緒に居る方が楽しくて、それでね、エッチな事をしてみた事もあるんだ!だから、ゲイなんだ、って。でも、だからって周りがなんて言おうと関係ないし、僕は僕だから、って思ってるんだ!」
「そうなんですか。ゲイだって言うのは、同じですね。」
「坂入君もそうなの?」
「付き合ったりセックスをしたりした事がある訳ではないですけどね。ただ、男に興奮するって言うのはあります。」
仲間だ、とは思っていた、なんとなくだが、浩介は悠介がゲイなのではないか、と感じ取っていた。
ただ、ここまですんなりと話すとはおもっていなかった、と驚く。
仕事中も、現在も、顔色一つ変えず、眉一つ動かさず、仏像の様に顔を変えない悠介が、ゲイだというだけで顔が変わるとは思っていなかったが、まさかここまで堅物だとは思わなかった、と感心もしていた。
「じゃあさ、坂入君はどんな人が好みなの?」
「好み……。そうですね、野球部系の子とか、そう言う系統の子が好きな事が多いですかね。恋をした事はありませんが、そう言う子に目を惹かれます。」
「そうなんだ!じゃあ……。僕の事って、どう思う?」
普通なら恥ずかしいと思う質問だろう、そして、自意識過剰とも言える質問だろう。
浩介は普段からこういう発言をしているのか、と問われると、否だろう、こんな発言は、仲間内だったとしてもしていない。
ただ、何故か悠介にはしても良い気がした、この人には、この質問をするべきだ、と感じていた。
言った後に顔が真っ赤になる、ただ、浩介が前を歩いていて、今は夜な為、それは悠介には見えないだろう。
「そうですね……。忌憚のない意見を言わせていただくと、良い感じですよ。坂崎さんは可愛らしい、と思います。」
「そ、そう?やったね!」
聞いておきながら照れる、などと言う不可思議な行動をする浩介、浩介自身、何故そうしているのかが分からなかった。
ただ、この人の前では話しても良い、そう言う話をするのもおかしくはない、と心のどこかで感じ取っていただけだ。
「かんぱーい!」
「乾杯です。」
坂崎さんが変な事を話してる内に、居酒屋について一息つく。
「煙草、煙大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ!」
一言断って、煙草に火を点けて一服する。
坂崎さんは、ゲイだって言ってた、それは俺も一緒だ、ただ、なんでその話を突然し出したのかがわからない。
俺に気があるのか、なんて事はないだろうし、なんでだろう?
仏頂面で、可愛げのないでかぶつの男に言われた所で、嬉しくもなんともないだろうに、坂崎さんは、飲む前からほんのり顔が赤い。
意図がわからない、何時もそうだ、俺は他人の心がわからない、他人と言う存在が介入する間がない。
ただ、この人は何だろう、違うんだろうな、って言うのはわかる。
俗世に紛れる為にも、人間観察は良くしてた、それが俺の生き残る術だったから、当たり障りのない言葉で着飾って、風当りだけは強くならない様にと思って生きてきた。
ただ、結局はそう言う連中に出会いやすかったのか、そう言う星の元に生まれたからなのか、虐めだったり何だったりが多かった、って話だ。
「坂入君、悠介君って呼んでも良い?同い年何だし、ダメかな?」
「大丈夫ですよ。」
「じゃあ、僕の事も浩介って呼んでよ!坂崎さん、なんて堅苦しいじゃない?だから、浩介でいいんだよ?」
「……。じゃあ、浩介さんと呼ばせてもらいますね。」
「さんなんてつけなくて良いのに……。悠介君はさ、一回社会人してたんでしょう?なんのお仕事してたの?」
ビールを飲みながら、浩介さんは俺に話を振ってくる。
俺はお通しを摘まみながら、何を話せば良いのやら、って感じで少し困る。
眉間にしわを寄せたら怖がられる、だから、仏頂面になっちゃうけどそれ位なら大丈夫かな。
「営業職をやってましたよ。成績は良い方でしたけど、結局施設育ちって言うのが駄目だったんでしょうね。嫌がらせをされて、結局クビになりました。」
「そうだったんだ……。辛かったね、悠介君、お父さん達と一緒じゃなかったの?」
「両親揃って酒癖が悪くて、幼稚園時代に施設に送られて以降、会ってもいないですよ。ただ、もう死んでますから、会おうにも会えませんけどね。」
「そっか……。大変だったんだね。」
大変だった、その感想は言われ慣れてる。
境遇を話してよ、って言われて、大体二パターンに分かれる、その一つだからだ。
「大変って言う感情もないですよ。俺にとってはそれが当たり前だった、ってだけですから。」
「でも……。」
「浩介さんは、やりたい仕事とか決まってるんですか?もう大学も三年生ですし、そろそろ進路や就職に関する事も考えていらっしゃるんじゃないですか?」
「え?僕?えっとね、学校の先生になりたいな、って思ってるんだ!高校か中学か、まだ決めてないけど、学校の先生になって、色んな子達と触れ合いたいなって、そう思うんだ!」
「素敵な夢ですね。きっとなれますよ。」
「そうかなぁ?」
酒が入って来たからか、浩介さんはテンションが高くなってきてる。
俺はそもそも酒が弱い、アルコールはあんまり飲める体質じゃないから、ちびちびと野出るんだけど、浩介さんは、もうジョッキを空けて次の酒を頼んでる。
あんまり酒が強いタイプには見えないけど、人を見た目で判断するのも良くないし、と思って、黙ってそれを眺めてる。
「悠介君、僕の顔に何かついてる?」
「いえ、飲める方なんだなと。」
「そうかなぁ?悠介君はあんまり飲めないの?」
「ビールとかは苦手ですね。乾杯の作法として飲んでる程度です。」
「意外だなぁ。」
普通、逆なんだろうな。
浩介さんの方が飲めなくて、俺の方が飲めて、の方が普通っぽいって言うか、自然って言うか、そう言う成りをしてるんだろうな。
ただ、幸か不幸か俺は両親の酒癖を遺伝されなかった、酒に対して忌避感があるわけでもない、まったく飲めない訳でもない、ただ、自分のキャパはわきまえてるつもりだ。
「ほら、悠介君も飲もうよ!別に無理してビール、とかじゃなくても良いからさ!ソフトドリンクの方が良い?」
「じゃあ、カルーアミルクを。」
「カルーアね!」
タッチパネル式の注文システムで、浩介さんが色々と注文してる。
そりゃ、食べ盛りが二人も揃えば大量の飯が必要だろうけど、この人細いのによく食べるなぁ、って位、色々と注文してるもんだから、ちょっと驚く。
「悠介君はさ、大学に行って何を勉強したいの?」
「そうですね……。まだ決まってないんです。取り合えず、学歴の為に行くって言う感じですかね。」
「そうなんだ!やりたい事、見つかると良いね!」
「はい、ありがとうございます。」
「硬いなぁ。」
眉一つ動かさない俺に驚いてるんだろうか、浩介さんは、それが楽しいのか酒が入って愉快になってるのか、ニコニコ笑ってる。
俺は笑う事が無い、笑った事なんて、人生で覚えてる限りでは何度かもない。
そんな俺からしたら、ニコニコしてる浩介さんって言うのは、まるで異星人みたいに見える。
逆に、浩介さんからしたら、俺は異星人みたいなもんなんだろうけど。
「そろそろ帰りましょうか。明日は平日ですし、大学の講義があるでしょう?」
「んー?そうだねぇ……。」
「酔ってます?」
「酔ってるかなぁ!楽しいよぉ?」
だいぶ飲んで、浩介さんは酔っぱらったみたいだ。
千鳥足でトイレに言ったり、終始にこにこと笑って、愉快そうだ。
この人、このまま帰れるかな、なんて少し考える、会社の飲み会に参加した時も、誰かが帰れなくて終電逃して翌日遅刻、なんて事もあった、今の浩介さんは、そうなりかねない状態に見える。
「ほら、お会計は済ませたので、行きましょう。家まで送っていきますから、道を教えてください。」
「わかったぁ!」
不安で仕方がない、この人、大丈夫かな。
立ち上がるのは良いけど、足元がふらふらだし、酩酊一歩手前まで飲んでるんじゃないかな。
困った、他人に関心がないって言っても、バイトの上司なわけだし、放っておいたらまた面倒ごとになりかねない。
「浩介さん、うち泊まっていきますか?近いですし、浩介さん家まで送るより楽ですし。」
「えぇー?良いのー?」
「はい、今日だけですけどね。」
「じゃあ、そうするー!」
無邪気な人、って言う印象だったけど、バイト初日でこんな姿を見せるって言うのは、少し情けないと思わないんだろうか。
俺が上司だったら、飲みすぎない様に、酩酊しない様にって気を付けるし、部下に恥かしい姿を見せようとは思わないけどな。
「さ、行きましょう。」
「はーい!」
陽気な浩介さんの腕を肩に回して、店を出て歩き出す。
やっぱりって言うか、浩介さんは千鳥足で、ふらふらとしてる、このまま放っておいたら、そこらへんで寝だしそうだ。
そうならない様にしないと、寝られたら流石に担いでは行けない、なんて考える。
「どうぞ、靴脱げますか?」
「ぬげるよぉ?」
居酒屋から程近く、俺の借りてる家について、浩介さんをベッドに寝かせる。
俺は床で寝ればいいや、カーペットは引いてあるし、そんなに寒い季節ってわけでもない、暖房もまだ入れる必要はないだろう。
「悠介ー、いるのぉ?」
「はい、ここにいますよ。」
「一緒に居てよー!」
「はい、分かりましたよ。」
浩介さんが寝るまでの間だ、我慢しよう。
他人と一緒に居る事は苦痛じゃない、ただそれに関心がないだけであって、興味がないだけであって、苦痛だと思った事はない。
事実、施設にいた頃は相部屋だったし、独りになる時間なんて殆ど無かった。
「悠介は偉いねぇ!」
「……。そうですか?」
「そうだよぉ!昔から思ってたんだぁ!」
「……?昔から?」
昔から、なんて単語が出てくるとは思わなかった、って言う事は、どっかで知り合ってた可能性があったんだろうか。
坂崎浩介、その名前は、俺の記憶には無い、高校を卒業して二年半、大半の人間の名前は忘れてしまったから。
ただ、浩介さんは俺を知ってる?のかな。
「何処かで知り合ってましたっけ?」
「忘れちゃったのぉ?小学校の時、一緒だったでしょお?」
「小学生の頃……。ごめんなさい、殆どの人の名前とかを覚えていないんです。仲の良かった友達もいませんでしたし、同級生だったんですかね?」
「もー……。仕方がないなぁ……。でも、悠介はそう言う子だったって、僕は覚えてるよぉ……?ずっと、お友達になりたかったんだぁ……。」
「友達……。俺と?」
「そうだよぉ……。」
それだけ言って、浩介さんは寝ちゃった。
小学校が一緒だったんなら、アルバムがあったはずだ。
デスクの電気だけ点けて、小学校のアルバムを引っ張り出して、確か俺は三組だったか。
「本当だ……。」
坂崎浩介、浩介さんが小さかったらこんな顔だろうな、って感じの子が、笑顔で写真に写ってる。
そのすぐ下、仏頂面の俺がいて、本当に小学校で同じだったんだなって、それを思い出す。
友達になりたかった、っていう話は眉唾って言うか、そんなアクションを出された覚えがないし、サインがあったわけでもなかったから、そう言う事は信じられるかと言われると、うーんって感じだけど、小学校が一緒だった、同じクラスだった、それは事実だった。
地元から離れてない、って言うのもあるんだろうけど、なら中学校はどうかな、って思って中学の頃のアルバムを眺めるけど、中学校は学区が違ったのか、浩介さんの姿はない。
「友達、ねぇ。」
友達なんていらない、家族なんて意味がない、ずっとそう思って生きてきたし、その考えが瞬間的に変わったわけでもない。
ただ、友達になりたいと思ってくれていた子がいた、それは衝撃的というか、誰も俺に近づこうとしてこなかったから、意外だ。
もう少し早くそれを言ってくれていたら、今の俺はいなかったのかもしれない。
こんな堅物になった俺と、まだ友達になりたいと思ってるのなら、それは酔狂以外の何者でもない。
「……。」
寝よう。
明日になったら、浩介さんは忘れてるかもしれない、酔った勢いの話だから、忘れてるかもしれない。
それに期待しよう、友達を作ろうなんて、俺には大それた事なんだ。




