表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革漁村編〜』  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/20

第九話「交換すると、空気が湿る」

第九話です

出港は、思ったより軽かった。


「行くだけだろ?」

「見るだけ見る」

「針と糸が手に入れば上等」


誰も“交渉”とは言わない。

言うと、責任が増えるからだ。


小舟に乗り込むと、ランが言った。

「なあ先生」


「なに」


「よその村、女多いって噂」


先生は櫂を持ったまま答える。

「魚の数を聞け」


「魚より先に聞くことあるだろ!」


波が揺れる。

男の期待も揺れる。


隣の村の浜は、やけに明るかった。

干物は少なめ。

人は多め。

笑い声は……夜向き。


「うわ……」

マリが小声で言う。

「空気が違う」


「湿ってるな」

「夜が長そうだ」

「昼なのに?」


先生は板を持って上陸した。

この村ではもう“いつもの人”だ。


「何しに来た?」


迎えたのは、胸を張った女だった。

物理的にも張っている。


「干物が余った」

先生が言う。


「余る?」

女が笑う。

「贅沢ね」


ランがすかさず口を挟む。

「交換しない?」


「何と?」

女の視線が、ランをなぞる。


「……えっと」

「針とか」

「糸とか!」


先生が一歩前に出る。

「干物四十七。塩半樽。炭二袋」


「急に現実!」

ランが叫ぶ。


女は干物を見る。

「……悪くない」


その後ろで、別の女たちが集まってくる。

数が増える。

視線も増える。


「ねえ」

「その人、先生?」

「教えるの、上手?」


「教えるって、何を?」

ランが聞く。


女たちは笑った。

「夜のこと」


「やめろ!」

「話が飛躍しすぎ!」


先生は真顔だ。

「夜は教えない」


「つまんない」

「でも、そういう人ほど――」


言葉の続きを、波の音が消した。


交渉は進んだ。

針と糸。

桶。

炭の追加。


「で、干物は何枚?」

女が聞く。


「四十七」

先生が即答する。


「きっちりね」

「数える男、嫌いじゃない」


ランが噴き出す。

「それ褒められてる!?」


交換が決まりかけた、その時。


「夜は?」


誰かが言った。

誰の声かは分からない。

だが、全員が聞いた。


「夜は、余る?」

「暇?」

「来る?」


一瞬、空気が止まる。


先生が板を立てた。


夜=取引外


「えー!」

「そこ外す!?」

「一番需要あるだろ!」


先生は淡々。

「夜は数えられない」


「名言っぽく言うな!」


女たちは笑った。

でも、目は真剣だ。


「じゃあ、情報は?」

一人が言う。

「どこが不漁?」

「どこで船が消える?」


空気が、少し冷える。


先生は答えた。

「それは、交換できる」


「何と?」


「今夜、誰も舟を出さない理由」


沈黙。

そして、深い頷き。


取引は成立した。


帰りの舟で、ランが言う。

「……なあ」


「なに」


「夜、静かすぎない?」


浜からは、笑い声が聞こえる。

湿った、長い、夜の音。


先生は櫂を漕ぎながら答えた。

「余りが出ると、夜が騒ぐ」


「名言やめろ!」


村が見えてきた。

干物は減った。

針と糸は増えた。

欲も、確実に増えた。


そして全員が、同じことを思っていた。


――次に余るのは、何だ?

誤字脱字はお許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ