第八話「余ると、欲が出る(黙っていられない)」
第八話です
朝の浜で、誰かが言った。
「……多くね?」
誰の声でもない。
全員の感覚が、同時に同じところへ行っただけだ。
干し場。
干物。
昨日より、明らかに減っていない。
「おかしいな」
ランが首を傾げる。
「昨日、ちゃんと食ったよな?」
「食った」
「食った食った」
「我慢もした」
最後の一言で、少し空気が悪くなる。
先生は何も言わず、板を立てた。
もうこの時点で、全員が察する。
「あ〜……」
「来たな」
「朝から数か……」
「残り」
それだけ。
渋々、数える。
「……四十七」
先生、板に書く。
干物:47
その数字を見た瞬間、
村に、微妙な沈黙が落ちた。
「……余ってるよな?」
マリが言う。
「余ってるな」
「普通に余ってる」
「こんなの初めてだ」
先生は淡々と答える。
「減らさなかったから」
「それだけ?」
「それだけ」
拍子抜けした顔が並ぶ。
でも、干物から目は離れない。
「食えばいいんじゃね?」
誰かが言う。
「食えばいい」
先生があっさり言うから、
「え?」となる。
「でも」
先生は板に、もう一つ書いた。
余り=明日
「明日……」
ランが唸る。
「明日も腹は減るな」
「減る」
「じゃあ取っとく?」
先生、間髪入れずに続ける。
「取っとくと、守る話になる」
「うわ」
「出た」
「面倒くさいやつ」
先生は干し場の端を見る。
そこに、昨日はなかった縄。
「……これ、何」
全員、視線を逸らす。
完璧な連携。
「俺じゃねぇ」
「知らん」
「最初からあった気がする」
トトが小さく手を挙げる。
「……猫」
「猫?」
「夜、来るから……」
「縄で?」
「……気持ち的に」
先生は板に書いた。
縄:1(猫対策・精神)
「精神って書くな!」
「恥ずかしい!」
「俺たちの心が弱いみたいだろ!」
笑いが起きる。
だが、その直後。
「……数、合わなくね?」
マリが干物を指さす。
「昨日、五十じゃなかった?」
空気が一瞬だけ、固まる。
「……食った?」
「いや」
「朝は我慢した」
「偉いな」
「褒めるとこじゃねぇ!」
先生は板を見たまま言う。
「昨日の“五十”は、干す前か、後か」
「……あ」
「干す前なら、落ちる。犬。猫。子ども」
先生は縄を見る。
「干した後なら、人」
「言い方ァ!」
「一気に疑われるじゃん!」
先生は線を引く。
数える場所
①干す前
②干した後
「②だな」
「①は信用できねぇ」
「①はこの村の性格」
先生は頷く。
「②なら、余りは“守れる”」
「守るって言うなぁ……」
「急に責任増える……」
先生は、さらに板に書く。
余り=取引
「出た!」
「来たぞ!」
「ろくなことにならない単語!」
「取引って、誰と?」
トトが聞く。
先生は海を指した。
「あっちの村」
「よそか……」
「面倒だな」
「女多いって噂の?」
「そこ基準にするな」
ボラ爺が咳払い。
「昔、塩を貸して戻らんかった」
「何袋?」
「……覚えとらん」
先生、即書く。
覚えてない=負け
「やめろ!」
「刺さる!」
「年寄りに優しくしろ!」
先生は淡々。
「貸すと負ける。交換なら負けにくい」
「何と?」
「針。糸。炭。桶。薬草」
「全部ほしい!」
「欲、出てるぞ今!」
先生は最後に、板へ。
余りが出た
↓
欲が出る
↓
黙っていられなくなる
チョークを置く。
「だから、先に決める」
「何を?」
「奪うか、交換か」
一瞬、静かになる。
……が、すぐ崩れる。
ランが笑いながら言った。
「交換だろ。揉めるの面倒だし」
「夜も暇だしな」
「やめろ!」
「先生の顔見ろ!」
先生は何も言わず、海を見る。
余った。
減らさなかった。
整えた。
その次に来るのが、
欲で、下心で、軽口で、でも現実なのは――
もう、数えなくても分かっていた。
誤字脱字はお許しください。




