第七話 増やす前に、減らさない
第七話です
朝の港は、静かだった。
悪い意味ではない。
余計な音が減っている。
「……今日、落ち着いてない?」
「数えたからじゃない?」
「数えると、無駄な動き減るね」
そんな会話が、
あちこちから聞こえてくる。
先生は、
それを聞いているだけだ。
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魚が揚がる。
量は、昨日とほぼ同じ。
だが、
床に落ちて跳ねている魚が少ない。
「今日は、落としてないね」
「昨日、怒られたし」
「先生に?」
「いや、魚に」
魚に、らしい。
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昼前。
誰かが言った。
「先生」
「はい」
「今日さ、増えてないよね?」
「増えていません」
「じゃあ失敗?」
「いいえ」
間があった。
「減っていません」
その一言で、
数人が顔を上げた。
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「増やす話、まだ?」
「その前に」
「前に?」
先生は、板を持ってきた。
今日の量
- 落とした分
- 腐らせた分
- 捨てた分
「これが、手元に残ります」
誰かが口を開く。
「……捨ててる?」
「昨日も」
「一昨日も」
静かになった。
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午後。
干し場。
今日は、
誰も詰めすぎていない。
「先生」
「はい」
「これ、昨日より楽だ」
「理由は?」
「考えなくていいことが増えた」
それは、
正しい方向の楽さだ。
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分配の場。
揉める前に、
誰かが言った。
「それ、落とした分だよね」
「じゃあ仕方ないか」
仕方ない、という言葉が
初めて前向きに使われた。
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夕方。
男たちが、
船の周りで話している。
「ここ、傷あるな」
「昨日、引っかけた」
「直す?」
「今なら」
今なら、という言葉が出た。
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女たちの方でも。
「この桶、割れてない?」
「昨日、漏れてた」
「替えよっか」
誰も
「まだ使える」とは言わない。
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夜。
集まりは、短い。
「今日は?」
「明日もあるし」
「落とさない方が大事だし」
理由が、
だんだん同じ方向を向いている。
先生は、板に書いた。
増やす前に
減らさない
それだけで
数は残る
少年が見ている。
「先生」
「はい」
「増やすの、楽しい?」
「ええ」
「減らさないのは?」
「……地味です」
少年は笑った。
「でもさ」
「はい」
「地味な方が、続くね」
「その通りです」
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翌朝。
港は、
昨日と同じ量の魚がある。
だが、
昨日より整っている。
「おはよう、先生」
「おはようございます」
声が、
自然だ。
「今日は増える?」
「まだです」
「だよね」
笑いが起きる。
先生は板に書いた。
増やす前に
減らさない
それができたら
次に行く
少年が頷く。
「先生」
「はい」
「次って、何?」
少し考える。
「減らさない理由を、
他の村にも教えることです」
少年は目を丸くした。
港は今日も回る。
増えてはいない。
だが、
確実に、減らなくなっている。
それは、
増える準備が整った、
ということだった。
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次回予告
第八話
「余ると、欲が出る」
誤字脱字はお許しください。




