第六話 数えると、言い訳が減る
第六話です。
朝の港は、昨日より静かだった。
いや、正確に言うと、
喋っているが、誤魔化していない。
「これ、昨日より少ないな」
「うん」
「……まあ、少ないね」
“まあ”で済ませているが、
誰も話を逸らさない。
それだけで、この村では進歩だ。
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「先生、板」
言われなくても分かる。
もう、準備されていた。
「今日はどう数える?」
「重さだけです」
「名前は?」
「まだ要りません」
それを聞いて、何人かがほっとした。
「先生、優しいね」
「優しいのは今だけです」
笑いが起きる。
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魚を秤に乗せる。
「……軽い」
「昨日より?」
「うん」
数値が出る。
言い逃れができない。
「思ったより獲れてないな」
「そうだね」
「じゃあ、今日は――」
言葉が止まる。
“じゃあ、どうするか”
を考えないといけないからだ。
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昼。
分配が始まる。
今日は、揉めない。
正確には、
揉め方が短い。
「これ、少ない」
「重さは一緒」
「……ほんとだ」
数字は強い。
空気より強い。
「先生」
「はい」
「これ、楽だけど、なんか嫌」
「どの辺が?」
「言い訳できない」
正直な感想だ。
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午後。
誰かが言った。
「これさ、毎日やるとどうなる?」
「減ったのが、はっきり分かります」
「増えたら?」
「はっきり分かります」
「……怖くない?」
「慣れます」
昨日も聞いた言葉だ。
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干し場。
今日は、配置が自然と整っている。
「ここ、詰めすぎ」
「分かってる」
「じゃあ直して」
「はいはい」
返事が軽い。
だが、動きは早い。
先生が言わなくても、
数が頭に残っている。
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夕方。
男たちが集まって、ぼやく。
「数えるとさ」
「うん」
「昨日の自分が腹立つ」
「それは進歩です」
「そうなの?」
「昨日の自分に文句が言えるのは、
今日の自分が少し賢いからです」
一瞬の沈黙のあと、
誰かが笑った。
「先生、嫌な言い方するね」
「褒め言葉ですね」
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女たちの方でも、変化が出ている。
「今日は疲れた」
「無駄な動き多かったし」
「数えると、バレるね」
「何が?」
「サボり」
笑いが起きる。
サボり、という言葉が
冗談で出てくるようになった。
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夜。
集まりは、ほどほどだ。
「今日はどうする?」
「明日もあるし」
「数、見たしね」
理由が、
ちゃんと現実に基づいている。
先生は、板に今日の数字を書き写す。
今日の重さ
→ 昨日より少ない
→ でも、保存は安定
→ 無駄は減った
少年が覗き込む。
「先生」
「はい」
「数字って、正直だね」
「ええ」
「嫌われない?」
「最初は」
「今は?」
「文句は言われますが、
否定はされません」
少年は少し考えてから言った。
「先生、ずるい」
「どうして?」
「嫌われないとこだけ言う」
「仕事ですから」
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翌朝。
港は、
昨日より少しだけ、整っていた。
「おはよう、先生」
「おはようございます」
声が増えている。
「今日も数える?」
「数えます」
「だよね」
誰も嫌だとは言わない。
ただ、
ため息は昨日より短い。
先生は板に書いた。
数える
→ 言い訳が減る
→ 文句が増える
→ でも、前に進む
少年が笑った。
「先生」
「はい」
「文句って、悪くないね」
「現実を見ている証拠です」
港は今日も回る。
笑いながら、
文句を言いながら、
少しずつ。
先生は、
もう“教えに来た人”ではない。
一緒に数える人になっていた。
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次回予告
第七話
「増やす前に、減らさない」
誤字脱字はお許しください。




