第五十五話「助けるには、段取りがいる」
55話です。
朝の浜は、
静かすぎるくらい静かだった。
誰も、
昨日の話を蒸し返さない。
だが、
忘れてもいない。
「……先生」
ランが、
小さく声をかける。
「今日も、
何もしない?」
先生は、
首を振った。
「今日は、
決める」
一瞬、
空気が変わる。
「行くのか?」
「助けに?」
「行かない」
即答。
「……じゃあ、
何を決めるんだ」
先生は、
板を立てた。
助ける
=
近づく
ではない
「……また
ややこしいな」
先生は続ける。
「助けるには」
「段取りがいる」
「段取り?」
マリが聞く。
「順番」
「役割」
「戻り道」
板に、
三つ並べて書く。
順番
役割
戻り道
「戻り道?」
ランが首を傾げる。
「助けに行って」
先生は言う。
「戻れない形は、
助けじゃない」
沈黙。
「昨日」
先生は続ける。
「一人で行った」
「結果」
「戻ってきたのは、
体だけだ」
誰も、
反論できない。
「だから」
先生は、
板を叩いた。
「行かないで、
助ける方法を考える」
「……そんなの、
あるのか?」
先生は、
浜を指す。
「ここは、
見られている」
「王都」
「宗教」
「帳面屋」
「だから」
「動くと、
次が減る」
「逆に」
先生は言う。
「動かなければ、
困る場所がある」
マリが、
気づく。
「……隣の村か」
「違う」
先生は、
板に新しい線を引く。
隣の村
→
困るのは
“管理側”
「……あ」
「連れて行った人間」
先生は続ける。
「壊れて戻ると」
「処理コストが増える」
「叫ぶ」
「暴れる」
「管理しづらい」
「それ、
向こうが嫌がるな」
「嫌がる」
即答。
「だから」
先生は言う。
「助けるとは、
壊さないことだ」
浜が、
静まり返る。
「行って連れ戻す」
「慰める」
「正しさを示す」
「全部」
先生は言う。
「壊す行為だ」
「じゃあ、
何をする」
先生は、
板に書いた。
戻れる状態を
保つ
「……抽象的だな」
「具体にする」
先生は、
指を折る。
「一つ」
「情報を切る」
「情報?」
「噂」
「帳面」
「善意の理由」
「隣の村が」
先生は言う。
「ここに希望を
見なくなる」
「それ、
冷たくねぇか?」
「冷たい」
「だが」
「減らさない」
「二つ」
「時間をかける」
「急がせない」
「焦らせない」
「管理側が」
先生は言う。
「自分で失敗するのを
待つ」
「三つ」
先生は、
少しだけ間を置いた。
「帰ってきた人を、
増やさない」
沈黙。
「……それ、
どういう意味だ」
先生は、
目を逸らさない。
「戻ってきた人が」
「“例”にならないようにする」
「叫ばせない」
「暴れさせない」
「孤立させない」
「……つまり」
マリが、
低く言う。
「ここで、
受け止める準備をする」
先生は、
頷いた。
「助ける準備は」
「行く前に、
戻る場所を作ることだ」
昼。
作業が、
始まる。
だが、
いつもと違う。
干物を数えながら、
人を見る。
舟を直しながら、
声を聞く。
「……ここ、
静かだな」
「うん」
「……静かで、
いいな」
夜。
浜の灯りは、
少しだけ増えた。
外向きじゃない。
戻るための灯りだ。
ランが、
ぽつりと言う。
「……先生」
「なに」
「助けるってさ」
「うん」
「行くことだと、
思ってた」
先生は、
板に最後の一行を書く。
助ける
=
戻れる場所を
残すこと
「……時間、
かかりそうだな」
先生は、
チョークを置いた。
「だから」
「減らない」
この村は今、
正しさで走るのをやめ、
段取りで立ち止まった。
それは、
遅い。
だが――
引き返せる速さだ。
次に来るのは、
救出でも、
奇跡でもない。
**“最初に戻ってくる人”**だ。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




