第五十三話「理由は、外から与えられる」
53話です。
理由は、
運ばれてきた。
昼前。
浜に一艘の舟。
王都でもない。
宗教でもない。
帳面屋でもない。
「……誰だ?」
ランが目を細める。
降りてきたのは、
見慣れない男一人。
服は地味。
武装なし。
声も低い。
「こんにちは」
「お願いがあって来ました」
その言い方で、
空気が変わる。
「お願い、ね」
マリが腕を組む。
「最近、
その言葉が一番怖い」
男は、
困ったように笑う。
「助けてほしいんです」
一拍。
「……誰を?」
男は、
浜の奥を見る。
「あなたたちの隣の村です」
沈黙。
「昨日の、
あそこだ」
誰かが、
小さく言う。
男は、
ゆっくり話す。
「連れて行かれた人が」
「戻ってきました」
「……え?」
「労役、
再教育、
いろいろ受けて」
「戻ったけど」
男は言葉を選ぶ。
「壊れている」
浜が、
静まり返る。
「話が、
通じない」
「夜、
叫ぶ」
「子どもが、
近づけない」
ランが、
歯を食いしばる。
「……それで?」
男は、
頭を下げた。
「あなたたちなら」
「何か、
できると思って」
その言葉で、
線が揺れる。
「……ほら来た」
マリが、
低く言う。
「理由だ」
先生は、
黙っている。
男は続ける。
「祈りも」
「制度も」
「税も」
「全部、
逆効果だった」
「だから」
男は、
必死に言う。
「何も選ばなかった
あなたたちに」
沈黙。
干し場側の女が、
小さく言う。
「……助けたい」
舟の側の男が、
続ける。
「……今度は、
行かない理由がねぇ」
空気が、
傾く。
先生は、
ようやく口を開く。
「それは」
一拍。
「選ばせる理由だ」
男は、
きょとんとする。
「……え?」
先生は、
板を立てた。
理由
=
迷いを
行動に変える燃料
「助けたい」
「放っておけない」
「今度こそ」
「全部、
正しい」
「だから」
先生は言う。
「危ない」
浜が、
ざわつく。
「先生!」
「人が壊れてるんだぞ!」
「放っとけってのか!」
先生は、
首を振った。
「放っとけとは、
言ってない」
「じゃあ何だ!」
先生は、
男を見る。
「一つ、
聞く」
「何ですか」
「あなたは、
なぜここに来た」
男は、
即答する。
「希望があると、
聞いたから」
「誰に?」
男は、
一瞬だけ詰まる。
「……帳面屋に」
浜の空気が、
凍る。
「……やっぱりか」
「噂が」
先生は言う。
「整理されて、
流れてきている」
男は、
慌てて言う。
「でも!」
「事実です!」
「事実だ」
先生は、
否定しない。
「だが」
「順番がある」
「順番?」
先生は、
板に書く。
減らさない
↓
近づかない
↓
関わる
「今は」
先生は言う。
「二番目だ」
「近づかない?」
「そう」
「じゃあ」
ランが叫ぶ。
「その人はどうすんだよ!」
先生は、
静かに答えた。
「減らさない形で、
関わる方法を考える」
「間に合うのか!」
「間に合わせる」
沈黙。
男は、
不安そうに聞く。
「……助けて
くれるんですか?」
先生は、
はっきり言った。
「今すぐは、
行かない」
干し場側が、
ざわつく。
舟側が、
息を詰める。
「だが」
先生は続ける。
「ここで考える」
「考えるだけで、
人は救えない!」
先生は、
目を逸らさない。
「考えないで行くと」
「もっと減る」
長い沈黙。
男は、
深く頭を下げた。
「……分かりました」
「今日じゃないんですね」
「今日じゃない」
舟が、
去る。
残ったのは、
理由だけ。
ランが、
震える声で言う。
「……先生」
「なに」
「俺、
正しい理由があると」
「止まれなくなる」
先生は、
頷いた。
「だから」
「理由は、
外から来る」
板に、
最後の一行を書く。
理由
=
分断を完成させる道具
この村は今、
行かない理由より
行く理由の方が
はっきりしてしまった。
次に来るのは、
命令でも、
通告でもない。
**“決断を正当化する瞬間”**だ。
誤字脱字はお許しください。




