第五十二話「迷いは、分けられる」
52話です。
線は、
言葉じゃなくて位置で引かれた。
朝の浜。
干し場の右側に、
人が集まる。
舟の近くに、
別の人が集まる。
「……自然に、
分かれたな」
ランが、
小さく言う。
「自然じゃねぇ」
マリが答える。
「楽な方に寄っただけだ」
右側――
「昨日、動かなくてよかった派」
舟の側――
「次は、動くべき派」
誰も、
そう名乗らない。
だが、
目線で分かる。
先生は、
板を立てない。
立てると、
派が固定される。
「……先生」
誰かが、
声をかける。
「どっちだ?」
先生は、
即答しない。
「どっちでもない」
「……逃げ?」
「違う」
先生は、
浜を見渡す。
「分けるのは、
立場じゃない」
「じゃあ何だよ」
先生は、
地面に線を引いた。
迷い
|
行動
「……は?」
「迷っている人と」
「もう、
決めた人だ」
沈黙。
「昨日」
先生は続ける。
「見て、
悩んで、
眠れなかった人は?」
何人かが、
ゆっくり手を挙げる。
「……眠れなかった」
「考えた」
「夢に出た」
先生は、
頷く。
「その人たちは」
「まだ、迷っている」
「じゃあ」
ランが言う。
「ぐっすり寝たやつは?」
誰かが、
目を逸らす。
「……悪いのかよ」
「悪くない」
先生は、
はっきり言った。
「危ないだけだ」
浜が、
ざわつく。
「決めた人は」
先生は続ける。
「動ける」
「でも」
「止まれない」
「昨日の三つは」
「もう、
止まれなかった」
沈黙。
舟の側にいた男が、
一歩前に出る。
「……先生」
「なに」
「次、
同じこと起きたら」
「起きる」
即答。
「その時」
男は言う。
「俺は、
行く」
「止めない」
先生は、
静かに言う。
干し場側の女が、
声を出す。
「……行ったら、
どうなるか分かってる?」
「分かってる」
「それでも?」
「それでも」
空気が、
張る。
マリが、
低く言う。
「……これ、
もう“派”だな」
先生は、
首を振る。
「まだ違う」
「迷いが残っている」
先生は、
地面の線を消した。
「分断は」
「線を消せなくなった時だ」
「じゃあ」
ランが聞く。
「どうすりゃいい」
先生は、
一拍置いた。
「混ぜる」
「……は?」
「今日は」
先生は言う。
「昨日と逆の位置で作業しろ」
浜が、
ざわつく。
「干し場の人は舟へ」
「舟の人は干し場へ」
「意味あんのか?」
「ある」
先生は、
淡々。
「立場は、
仕事で固定される」
作業が、
始まる。
ぎこちない。
だが、
話す。
「……昨日さ」
「……ああ」
「怖かったな」
小さな声が、
混じる。
昼。
完全には、
戻らない。
だが、
完全にも割れていない。
ランが、
ぽつりと言う。
「……先生」
「なに」
「これ、
いつまで持つ?」
先生は、
海を見る。
「外が、
次を出すまで」
「出さなかったら?」
「中で、
割れる」
夜。
浜の灯りは、
まだ一つだ。
二つには、
なっていない。
この村は今、
分断の手前で、
踏みとどまっている。
だが――
迷いは、
放っておくと
必ず“立場”に変わる。
次に来るのは、
脅しでも、
説得でもない。
“選ばせる理由”だ。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




