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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革漁村編〜』  作者: くろめがね


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51/56

第五十一話「正しさは、人を迷わせる」

51話です。

最初に割れたのは、

声の向きだった。


「……昨日の、

 見たよな」


誰かが言う。


「見た」

「見たけどさ」


「俺たち、

 何もしなかった」


朝の浜。

作業は、始まらない。


干物は裏返されない。

舟も出ない。


「……助けられたよな」


その一言で、

空気が割れた。


「は?」

「何言ってんだ」


「行ってたら、

 こっちもやられてた」


「だからって、

 見捨てたのか?」


声が、

重なり始める。


先生は、

板を持たない。


持つと、

線が引かれるからだ。


「正しかったのか?」


誰かが、

先生を見る。


「……黙ってるってことは、

 正しかったんだろ?」


「違う」


先生は、

短く言った。


「まだ、分からない」


その言葉が、

火に油だった。


「分からない?」

「人が連れて行かれたんだぞ!」


「分からないって、

 何だよ!」


マリが、

一歩前に出る。


「先生は」

「いつも、

 減らす話をする」


「昨日は」

「減った」


沈黙。


「……それでも、

 動かなかった」


先生は、

視線を落とさない。


「動くと」

「もっと減った」


「それ、

 仮定だろ!」


ランが叫ぶ。


「見てねぇじゃねぇか!」


先生は、

ゆっくり言った。


「見せしめは、

 次を呼ぶ」


「じゃあ」

ランが、

歯を食いしばる。


「俺たちは、

 何もできねぇのかよ!」


誰も、

答えられない。


その時。


「……俺は」


若い男が、

前に出る。


「俺は」

「昨日、

 ここにいられた」


「……でも」

「隣の浜の、

 あいつは」


声が、

震える。


「ここに、

 来てたら」


沈黙。


誰かが、

小さく言う。


「……誘えば、

 よかった」


「……昨日、

 声かけてたら」


後悔が、

広がる。


先生は、

それを止めない。


止めると、

別の形で噴き出す。


「正しさは」

先生が、

静かに言う。


「結果が出るまで、

 自分を責めさせる」


マリが、

低く言う。


「……じゃあ、

 どうすりゃいい」


先生は、

一拍置いた。


「迷っている間は、

 まだ人だ」


「……は?」


「正しさが、

 一つに見えた時」

「人は、

 止まらなくなる」


沈黙。


「昨日の三つは」

先生は続ける。

「もう、

 迷っていない」


「だから、

 ああした」


「俺たちは?」


「迷っている」


ランが、

吐き捨てる。


「……迷うの、

 しんどいな」


「しんどい」


先生は頷く。


「だが」

「迷いは、

 減らす速度を

 遅くする」


昼。


浜は、

静かだ。


だが、

昨日とは違う静けさ。


考えている音が、

ある。


「……先生」


ランが、

小さく言う。


「次も、

 同じこと起きたら?」


先生は、

すぐに答えなかった。


代わりに、

板を立てる。


迷い

止まって考えている時間


「止まってる間に」

先生は言った。

「次を考える」


「……間に合うのか?」


先生は、

チョークを置いた。


「間に合わせる」


夜。


浜の灯りが、

少しだけ増えた。


外向きじゃない。

内向きだ。


誰も、

正しいと言わない。


誰も、

間違いだとも言わない。


この村は今、

正しさを選ばなかった代わりに、

 迷いを抱えた。


だが――

迷いを抱えられるのは、

まだ、

減らしきっていない証拠だ。


次に来るのは、

説得でも、

脅しでもない。


“分断”だ。


(つづく)


誤字脱字はお許しください。

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