第五十話「見せしめは、隣で起きる」
50話です。
煙は、
昼に上がった。
夜じゃない。
嵐でもない。
事故にも見えない。
ただ――
見える位置で。
「……隣の浜だ」
ランの声が、低い。
「あそこ」
マリが言う。
「この前、
干物もらった村だな」
先生は、何も言わない。
舟が出る。
誰も止めない。
止められない。
近づくほど、
音がはっきりする。
怒鳴り声。
泣き声。
命令の声。
浜には、
王都の兵。
宗教の布。
帳面屋の箱。
三つとも、揃っている。
「……うわ」
「揃い踏みかよ」
隣の浜では、
人が並ばされていた。
列。
机。
紙。
見慣れた光景。
王都の男が、
淡々と読み上げる。
「管理不履行」
「事故報告遅延」
「不適切な取引」
宗教の女が、
優しく言う。
「祈りを拒んだ結果です」
帳面屋が、
帳面をめくる。
「記録、残っています」
隣の村の男が、
叫ぶ。
「俺たちは!」
「何もしてねぇ!」
「……それだ」
先生が、
小さく言う。
「何もしてない」
次の瞬間。
舟が、
引き離される。
「……おい!」
「待て!」
干し場が、
壊される。
「ちょっと待て!」
「それは――」
王都の男は、
一言だけ。
「例だ」
その言葉で、
全てが終わった。
宗教の女が、
子どもに布をかける。
「怖くないですよ」
帳面屋が、
書き込む。
見せしめ
効果:高
ランが、
歯を食いしばる。
「……なあ先生」
「なに」
「これ」
「俺たちの代わりだよな」
先生は、
否定しない。
「選ばなかった代価だ」
「俺たちが、
何もしなかったから?」
「違う」
先生は言う。
「選ばされなかったから」
隣の浜から、
人が連れて行かれる。
「労役」
「再教育」
「保護」
言葉は、
全部きれいだ。
「……助けるか?」
マリが、
震える声で言う。
先生は、
静かに首を振る。
「今、動くと」
「次は、
この浜が例になる」
沈黙。
隣の村の男が、
こちらを見る。
目が合う。
何も言わない。
だが――
分かっている目だ。
舟が、
引いていく。
煙は、
残る。
音が、
消える。
帰り道。
誰も、
喋らない。
浜に戻る。
干物は、
そのまま。
数も、
合っている。
それが、
一番きつい。
ランが、
声を絞り出す。
「……俺たち」
「うん」
「正しかったか?」
先生は、
しばらく黙っていた。
そして、
板を立てる。
正しさ
≠
無傷
「……じゃあ、
何なんだよ」
先生は、
チョークを置く。
「次を、
減らせるかどうかだ」
夜。
隣の浜は、
暗い。
この浜は、
静かだ。
その差が、
胸に刺さる。
この村は今、
無事であること自体が、
誰かの犠牲の上にある。
それを知った状態で、
明日を迎える。
次に来るのは、
怒りでも、
恐怖でもない。
“迷い”だ。
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