第四十七話「正義は、同時に来る」
47話です。
朝の浜は、
三つに割れていた。
音が、違う。
左からは、
金属の擦れる音。
王都の兵装。
正面からは、
鈴の音。
宗教の列。
右からは、
紙をめくる音。
帳面屋。
「……地獄の三重奏だな」
ランが乾いた声で言う。
マリは笑わない。
笑えない。
先生は、
板を持たない。
それだけで、
全員が察する。
数えると、負ける。
最初に口を開いたのは、
王都だった。
「事故があったと聞く」
淡々。
感情はない。
「死人が出た」
それだけで、
十分だった。
次に、
宗教。
「哀悼を」
「そして、救済を」
優しい声。
だが、
距離は詰めてくる。
最後に、
帳面屋。
「記録は、揃っている」
揃えたのは、
お前だろ。
誰も、
言わない。
三者が、
同時に先生を見る。
「……代表は?」
王都。
「……祈りは?」
宗教。
「……中立は?」
帳面屋。
先生は、
一歩前に出た。
「事故は」
「起きた」
一拍。
「だが」
「起こされた」
空気が、
張りつめる。
王都の男が、
眉をひそめる。
「証拠は?」
先生は、
答えない。
代わりに、
浜を見る。
舟。
網。
重心。
潮。
「説明しない」
先生は言う。
「数えれば分かる」
宗教の女が、
柔らかく言う。
「数は、
魂を救いません」
先生は即答する。
「魂は」
「減らせない」
帳面屋が、
口を挟む。
「だが、
減った」
「一人だ」
沈黙。
その一言が、
浜を殴る。
王都の男が言う。
「この浜は」
「管理下に入る」
宗教が重ねる。
「祈りの場に」
帳面屋が、
締める。
「記録拠点に」
三方向から、
同時に。
正義が重なる。
ランが、
歯を食いしばる。
「……全部、
違う顔してるのに」
マリが、
低く言う。
「中身、
一緒だな」
先生は、
海を見る。
「三つとも」
「減った理由を
自分の言葉で
固定したい」
王都は、
秩序。
宗教は、
意味。
帳面屋は、
情報。
全部、
死を使う。
先生は、
初めて板を立てた。
大きく、一行。
死
≠
理由
浜が、
静まり返る。
宗教の女が、
困ったように言う。
「意味がなければ、
救えません」
「意味があると」
先生は言う。
「利用される」
帳面屋が、
帳面を閉じる。
「では」
「誰の責任だ」
王都の男が、
同時に言う。
「誰が管理を怠った」
沈黙。
全員が、
先生を見る。
ランが、
思わず叫ぶ。
「先生じゃねぇ!」
先生は、
首を振らない。
否定もしない。
「……全員だ」
一瞬、
空気が止まる。
「全員が」
先生は続ける。
「減らさない努力を
途中で緩めた」
「だから」
「付け込まれた」
帳面屋の、
目が光る。
「自白だな」
「違う」
先生は言った。
「構造の話だ」
王都の男が、
低く言う。
「構造は、
裁けない」
「だから」
先生は答える。
「裁くと、
また起きる」
宗教の女が、
一歩前に出る。
「では」
「何を差し出しますか」
浜が、
息を呑む。
先生は、
一拍置いた。
「時間だ」
「……は?」
「裁定を」
「遅らせろ」
帳面屋が、
鼻で笑う。
「死人が出て?」
「出たからだ」
先生は、
静かに言う。
「急ぐと」
「次が来る」
王都の男は、
考える。
宗教の女は、
沈黙する。
帳面屋は、
迷う。
三つの正義が、
初めて足を止めた。
先生は、
板に最後の一行を書く。
急ぐ正義
=
次の死
波が、
強く打ち寄せる。
この村は今、
三つの正義に囲まれながら、
まだ裁かれていない。
だが――
それは勝利じゃない。
猶予だ。
次に来るのは、
決定ではない。
期限だ。
(つづく)
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