第四十六話「中立は、必ず壊される」
46話です。
壊れたのは、
夜だった。
見張りが、
走ってきた。
「先生!」
声が、
裏返っている。
「……来た」
先生は、
板を持たずに立ち上がる。
「舟が」
見張りは息を切らす。
「転んだ!」
「転んだ?」
「……転覆した」
浜が、
一気に動く。
夜の海。
灯りは少ない。
風は、
そこまで強くない。
「事故だな」
誰かが言う。
「……本当に?」
ランが、
低く言う。
先生は、
答えない。
現場に着く。
舟は、
浅瀬で横倒し。
網が絡まっている。
「……人は?」
「二人」
「一人は泳いで戻った」
「もう一人が――」
沈黙。
「……見えない」
海は、
静かすぎた。
先生が、
ゆっくり言う。
「数えるな」
一瞬、
全員が固まる。
「……は?」
「今、
数えると」
先生は続ける。
「事故になる」
「……え?」
「事故にしたい奴がいる」
マリが、
歯を食いしばる。
「……帳面屋?」
「分からない」
先生は首を振る。
「だが――」
舟を指す。
「壊し方が、
きれいすぎる」
確かに。
板は割れていない。
穴もない。
ただ、
重心だけがズレている。
「……これ」
ランが言う。
「自分で倒した?」
「可能だ」
先生は、
静かに答える。
「中立を壊すには」
「死人が一番早い」
誰も、
言葉を出せない。
その時。
「……あ」
浜の端で、
誰かが声を上げる。
浮いてきた。
人だ。
「……一人」
先生は、
目を閉じる。
「……数えろ」
全員が、
震える声で数える。
「一……」
「……減った」
空気が、
凍りつく。
浜に戻る。
帳面屋が、
すでにいた。
一人。
だが、
帳面は開いている。
「……早いな」
ランが、
低く言う。
帳面屋は、
淡々。
「噂は、
速い」
先生は、
まっすぐに見る。
「誰がやった」
帳面屋は、
首を振る。
「知らない」
「だが」
一拍。
「中立が壊れた」
浜が、
ざわつく。
「事故が起きた」
帳面屋は言う。
「死人が出た」
「これで」
「ここは」
帳面屋は、
帳面に書き込む。
中立地帯
事故発生
介入検討
ランが、
叫ぶ。
「おい!」
「お前の条件だろ!」
「介入しないって!」
帳面屋は、
静かに答えた。
「だから数えた」
「数えたら」
「条件が変わる」
先生が、
初めて怒気を含んだ声を出す。
「条件を壊すために」
「死を使ったな」
帳面屋は、
沈黙する。
それが、
答えだった。
「……で?」
マリが、
震える声で言う。
「次は?」
帳面屋は、
帳面を閉じる。
「次は」
「正義が来る」
舟の影が、
沖に見える。
一艘ではない。
宗教の灯り。
王都の標章。
そして――
別の帳面屋。
先生は、
海を見て言った。
「中立は」
「壊される」
板を立て、
一行だけ書く。
中立
=
標的
誰も、
否定できなかった。
この村は今、
選ばなかったはずの戦場に
引きずり出された。
次に来るのは、
話し合いではない。
“裁定”だ。
(つづく)
チョークには別の先生が織りなすシリーズもあります。よろしければご覧ください。




