第四十五話「中立を名乗ると、条件を出される」
45話です。
条件は、
向こうから言ってきた。
「返事、聞きに来た」
朝の浜。
昨日の帳面屋が、
また一人で来ていた。
今日は、箱が多い。
紙。
縄。
石。
そして――
帳面が三冊。
「……増えてね?」
ランが言う。
「本気ってことだ」
マリが即答する。
先生は、板を立てなかった。
立てない時は、
だいたい“数えさせる側”だ。
「条件を言え」
帳面屋は、
待ってましたとばかりに言った。
「三つ」
「少ねぇな」
ランが鼻で笑う。
「少ない条件ほど、
重い」
帳面屋は、
一つ目の帳面を開く。
「第一」
「この浜で聞いた話は、
否定しない」
一瞬、沈黙。
「……は?」
「否定しない?」
帳面屋は頷く。
「真偽は問わない」
「訂正もしない」
「それ、
噂の温床じゃねぇか」
「そうだ」
即答。
「噂は」
帳面屋は言う。
「動く」
先生が、
静かに聞く。
「第二は?」
帳面屋は、
二冊目を開く。
「記録を残すこと」
「何を」
「来た人」
「話した内容」
「起きた出来事」
「全部?」
「全部」
浜がざわつく。
「それ、
完全に監視じゃねぇか」
帳面屋は、
首を振る。
「保存だ」
「言い換えるな!」
先生は、
目を細める。
「第三は?」
帳面屋は、
最後の帳面を開いた。
「介入しないこと」
一瞬、
全員が固まる。
「……え?」
「揉め事があっても」
「事故があっても」
「税で詰んでても」
「助言はいい」
「だが、
解決しない」
ランが、
思わず声を上げる。
「最悪だろそれ!」
「誰か死んでも?」
帳面屋は、
一瞬だけ黙った。
「……数えるだけだ」
浜に、
冷たい空気が落ちる。
先生が、
ようやく口を開いた。
「それで」
「こちらの得は?」
帳面屋は、
肩をすくめる。
「触られない」
「王都にも」
「宗教にも」
「制度にも?」
「制度にも」
マリが、
低く言う。
「……代わりに、
俺たちは何だ」
帳面屋は、
はっきり言った。
「便利な空白だ」
沈黙。
ランが、
歯を食いしばる。
「……なあ先生」
「なに」
「これ、
断ったら?」
先生は、
すぐに答えなかった。
帳面屋が、
先に言う。
「断ってもいい」
「ただし」
「噂は止まらない」
「王都は税を続ける」
「宗教は救いを名乗る」
「制度は、
次の形を考える」
「その中で」
帳面屋は言った。
「ここは、
一番使いやすい場所になる」
沈黙。
先生は、
浜を見渡した。
人。
干物。
舟。
板。
そして、
板に書かれなかった線。
「条件を」
先生が言う。
「こちらから出す」
帳面屋は、
笑った。
「交渉、
嫌いじゃない」
先生は、
静かに言った。
「否定しないのはいい」
「記録も残す」
「だが」
一拍。
「誰の帳面かは、
こちらが決める」
帳面屋の眉が、
僅かに動く。
「介入しないのもいい」
「だが」
「死が出たら、
数える前に止める」
帳面屋は、
口を閉じた。
先生は続ける。
「中立を名乗るなら」
「減らさない責任は、
放棄しない」
長い沈黙。
帳面屋は、
ゆっくりと息を吐いた。
「……面倒だな」
「そうだ」
先生は頷いた。
「だから、
ここは使いにくい」
帳面屋は、
帳面を閉じた。
「三日」
「考えさせてくれ」
舟が去る。
浜に、
静寂。
ランが、
力なく笑う。
「……なあ」
「なに」
「俺たち、
交渉材料になってね?」
先生は、
海を見て答えた。
「最初からだ」
板に、
最後の一行を書く。
中立
=
使われない努力
「これ、
一番しんどくね?」
先生は、
チョークを置いた。
「だから」
「数える」
波が、
静かに打ち寄せる。
この村は今、
王都にも、宗教にも、
帳面屋にも
完全には乗らない場所になった。
だが――
それは同時に、
どこからも狙われ続ける場所でもある。
次に来るのは、
合意ではない。
“破綻”だ。
(つづく)
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