第四十四話「噂が役に立つと、利用される」
44話です。
最初に来たのは、
挨拶だった。
「やあ」
軽い声。
軽すぎる。
朝の浜に、
見慣れない舟が一艘。
人数は少ない。
武装もない。
だが――
態度が、やけに慣れている。
「……誰だよ」
ランが警戒する。
男は笑った。
「通りすがり」
「……みたいなもんだ」
マリが即答する。
「一番信用できねぇやつ」
男は気にしない。
「噂、聞いてね」
「ここ、
数える村なんだろ?」
浜の空気が、
少しだけ張る。
先生は、板を立てなかった。
それが、危険信号だ。
「何の用だ」
男は、
舟から箱を下ろす。
中身は――
紙と石と縄。
「……商人?」
「いや、
帳面屋だ」
一瞬、沈黙。
「帳面?」
ランが首を傾げる。
男は、
紙をひらひらさせる。
「数えるの、
好きだろ?」
「……」
先生が、
静かに聞く。
「何を数える」
男は、
即答した。
「他人の失敗」
浜が、
一気に冷える。
男は続ける。
「制度に入った村」
「税を払った村」
「祈りを受けた浜」
「事故」
「損失」
「揉め事」
「全部、
数になってる」
「……最悪だな」
「褒め言葉だ」
男は笑う。
「で?」
マリが言う。
「俺たちに、
何をさせたい」
男は、
浜を見渡す。
「噂になってるだろ?」
「何をするか分からない村」
「だから」
「安全だと思われてる」
「意味分からん」
「分からないから」
男は言う。
「手を出しにくい」
沈黙。
男は、
一歩近づく。
「そこでだ」
「ここを」
「中立地帯にしたい」
「……は?」
「揉めてる村同士」
「制度と宗教の間」
「税で詰んだ商人」
「全部、
ここで整理する」
「整理って言葉、
流行ってんな」
男は笑う。
「安心しろ」
「金は取らない」
「昨日も聞いた」
男は、
にやりと笑った。
「代わりに、
情報をもらう」
浜が、
ざわつく。
「情報?」
「何の?」
男は、
指を一本立てる。
「失敗の数」
「誰が」
「いつ」
「何で損したか」
「誰が税で潰れたか」
「どこで事故が起きたか」
「それ、
売る気だろ」
男は、
肩をすくめる。
「市場は、
失敗で動く」
先生が、
初めて口を挟んだ。
「それは、
噂と何が違う」
男は、
真顔になった。
「噂は、
形がない」
「俺たちは」
「帳面にする」
沈黙。
「帳面になると」
男は言う。
「税も、宗教も、
王都も動く」
「最悪じゃねぇか」
「でも」
男は続ける。
「お前たちの村は、
名前を出さない」
「条件付きの安全かよ」
男は頷く。
「噂は、
使われる」
「なら」
マリが低く言う。
「俺たちも、
使われるってことだ」
男は、
静かに答えた。
「もう使われてる」
沈黙。
遠くで、
別の舟が通る。
誰も、
こちらを見ない。
男は、
最後に言った。
「ここは、
値段がつかない」
「だから」
「情報の置き場になる」
舟に戻りながら、
振り返る。
「三日で返事をくれ」
「数えるのが、
嫌いじゃなければな」
舟が去る。
浜に、
重たい沈黙。
ランが、
ぽつりと言う。
「……なあ先生」
「なに」
「俺たち、
もう普通の村じゃねぇよな」
先生は、
海を見て答えた。
「最初からだ」
板に、
最後の一行を書く。
中立
=
利用価値がある状態
「これ、
受けたらヤバいよな」
先生は、
すぐには答えなかった。
代わりに、
波の音だけが響く。
この村は今、
守られず、
縛られず、
だが“使える”場所になった。
次に来るのは、
拒否でも、受諾でもない。
“条件交渉”だ。
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