第四十三話「値段がつかないと、噂が暴れる」
43話です。
最初に変わったのは、
声の大きさだった。
「……聞こえなくなったな」
ランが言う。
「何が?」
マリが聞き返す。
「笑い声」
「よその村の」
確かに。
以前は、風に乗って聞こえていた。
歌声。
喧騒。
夜の音。
今は――
ひそひそしか聞こえない。
先生は、板を立てなかった。
代わりに、浜を見渡す。
「来ていない」
先生が言う。
「誰が?」
「噂」
一瞬、沈黙。
「……来ない方が良くね?」
ランが言う。
「違う」
先生は首を振る。
「回っている」
昼。
よその村から、
一人だけ人が来た。
干物を見る。
距離を取る。
何も言わず、去る。
「……買わないなら、
見るなよ」
マリが吐き捨てる。
男は、振り返らず言った。
「……確認しただけだ」
「何を」
「噂」
浜の空気が、
一段冷える。
夕方。
逃げてきた村に、
戻ったはずの男が、
再び来た。
「……ここ、
やばいって聞いた」
「誰に?」
「皆に」
「具体的に言え」
男は、言いよどむ。
「……値段がない」
「制度に入らない」
「祈りも拒む」
「それ全部、事実だろ」
ランが言う。
男は、
小さく頷いた。
「だから」
「何するか分からないって」
沈黙。
先生が、
静かに言った。
「噂は」
「説明できないものに
貼りつく」
先生は、
板を立てた。
値段がない
↓
基準がない
↓
怖い
「分かりやすっ!」
「腹立つけど!」
マリが、
腕を組む。
「俺たち、
何もしてないのにな」
「している」
先生は言った。
「分からないことを、
続けている」
夜。
浜に、
誰も来ない。
だが、
遠くの灯りは増えている。
制度に入った村。
祈りを受け入れた浜。
「……向こう、
安心してるな」
ランが言う。
「安心は」
先生が答える。
「同じだと思える時に生まれる」
「俺たち、
違うもんな」
翌朝。
浜の入り口に、
落書きがあった。
文字は下手。
でも、はっきり。
近づくな
何をするか分からない
マリが、
拳を握る。
「……消すか?」
先生は、
首を振った。
「消すと」
「増える」
板に書く。
噂
=
否定すると増える
「最悪だな!」
「だから」
先生は言った。
「上書きする」
「どうやって?」
先生は、
浜の外を指した。
「行動で」
昼。
舟が一艘、出る。
干物を積む。
だが、昨日と違う。
今日は、
子どもが乗っている。
「……おい」
ランが焦る。
「何させる気だ」
先生は答える。
「見せる」
舟は、
制度に入った村へ行く。
干物を置く。
説明しない。
金も取らない。
子どもが、
一言だけ言う。
「数、合ってるよ」
それだけで、
舟は帰る。
夕方。
戻ってきた子どもが、
困った顔で言う。
「……向こうの人、
喧嘩してた」
「なんで?」
「この村、
何考えてるか分からないって」
「で?」
「でも」
子どもは言う。
「減ってないのは分かったって」
先生は、
静かに頷いた。
「噂は」
「分からないものを、
怖く言う」
「でも」
「分かる部分が増えると、
形が変わる」
夜。
浜に、
落書きが増えた。
近づくな
数える村
ランが、
吹き出す。
「……悪口か?」
「半分、事実だな」
先生は、
板に最後の一行を書く。
噂
=
理解途中の恐怖
「終わるのか?」
マリが聞く。
先生は、
海を見て答えた。
「終わらない」
「次に、利用される」
波が、
静かに打ち寄せる。
値段がつかない村は、
噂で殴られ始めた。
次に来るのは、
黙殺でも、排除でもない。
“利用”だ。
(つづく)
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