第三十七話「代表を決めない方法」
37話です。
朝の浜で、
誰も前に出なかった。
昨日までなら、
誰かが冗談を言って、
誰かが押し付け合って、
最終的に空気で決まっていた。
今日は――
誰も動かない。
「……で?」
ランが沈黙に耐えきれず言う。
「三日だぞ」
「決めなきゃ、強制措置だろ?」
マリが腕を組む。
先生は、板を立てなかった。
代わりに、浜の中央に立つ。
「代表を決めると」
先生が言う。
「楽になる」
「お、珍しく肯定?」
「でも」
一拍。
「楽になるのは、
外だけだ」
全員が黙る。
「代表がいると」
先生は続ける。
「問い合わせは一人」
「責任も一人」
「叱られるのも一人」
「……胃が死ぬやつだ」
ランがぼそっと言う。
先生は頷く。
「代表は、
緩衝材だ」
「クッションってことか?」
「そう」
「殴られるための」
空気が、少し冷える。
マリが聞く。
「じゃあ、決めないってどうすんだよ」
先生は、浜を指した。
「数える」
「またそれか!」
先生は、初めてはっきり言った。
「一人に集めるから、
代表になる」
「集めなければ、
代表はいらない」
「……意味分からん」
先生は、浜を見渡す。
「昨日」
「誰が干し場を守った」
「俺」
「私」
「途中から二人」
「舟は?」
「三人で見た」
「見張りは?」
「交代」
先生は頷いた。
「責任は、
もう分散している」
沈黙。
「……あ」
誰かが、気づく。
「俺たち、
もう一人で回してねぇ」
先生は、板を立てた。
責任
=
分散している事実
「事実って書いたぞ!」
「強い言葉きた!」
先生は続ける。
「法律は」
「責任者を決めろと言う」
「でも」
「責任が分散している場合の条文は、薄い」
「薄いって何だよ!」
先生はチョークを止める。
「書いてない」
一瞬の沈黙。
「……法律って」
ランがゆっくり言う。
「書いてないこと、
めちゃくちゃ多くね?」
「多い」
即答。
「だから」
先生は言う。
「書いてある形に、
無理に合わせるな」
「じゃあどうすんだよ」
先生は、浜の端を指した。
「全員で書く」
「は?」
「代表は置かない」
「代わりに――」
先生は、板に大きく書いた。
連名
「……署名?」
「全員?」
「全員は書かない」
「え?」
「役割ごとに書く」
浜がざわつく。
「干し場担当」
「舟管理」
「見張り」
「記録」
「役割単位で、
“責任者”になる」
「一人じゃない?」
「一人だが」
先生は言う。
「固定しない」
「交代制?」
「そう」
マリが、ゆっくり笑った。
「……責任、
殴れねぇな、それ」
「殴ると」
先生は頷く。
「全体が騒ぐ」
「面倒くせぇ!」
「だから」
「強制措置になりにくい」
沈黙。
ランが、ぽつり。
「……俺たち、
もう“村”じゃなくて
“仕組み”になってね?」
先生は答えない。
代わりに、
海を見た。
その日の夕方。
紙の男が、戻ってくる。
「……代表は?」
先生は、板を指した。
連名
役割別
交代制
紙の男は、
眉をひそめる。
「これは……」
「現状です」
「……一名では?」
「違います」
先生は静かに言う。
「一名にできない構造です」
長い沈黙。
紙の男は、
書類をめくる。
めくる。
めくる。
「……想定外です」
「でしょうね」
紙の男は、
深く息を吐いた。
「持ち帰ります」
舟が去る。
浜に、
風が戻る。
ランが、
力なく笑う。
「……勝った?」
先生は、首を振る。
「まだ、名前がついていない」
「名前?」
先生は、板を消しながら言った。
「仕組みは」
「必ず、名前をつけられる」
「次は?」
先生は、一拍置いた。
「“制度”だ」
波が、
強く打ちつける。
この村は今、
代表を持たないことで、
王都の想定から一歩外れた。
だが――
外れたものは、
必ず、
“囲われる”。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




