第三十六話「裁けないと、法律が来る」
36話です。
朝の浜に、
紙の音がした。
風で鳴っているわけじゃない。
人が、紙をめくる音だ。
「……最悪のBGMだな」
ランが言う。
浜の中央。
机。
椅子。
積まれた紙。
昨日の“紙の男”が、
今日は増えている。
「おはようございます」
「本日は“説明”に参りました」
「説明って言葉がもう信用できねぇ」
マリが即答する。
男は気にしない。
紙を一枚、持ち上げる。
「王都漁業保全法・第七条」
一瞬の沈黙。
「……今、何て?」
「法?」
先生は、何も言わない。
ただ、紙を見る。
男は続ける。
「未登録の漁業拠点は」
「一定期間の観察後、
登録、統合、または――」
一拍。
「解体されます」
「物みたいに言うな!」
「村だぞ!」
男は、淡々。
「拠点です」
先生が、口を開いた。
「登録条件は?」
男は、待ってましたと言わんばかりに、
紙を広げる。
「責任者の明示」
「管理者の選定」
「定期報告」
「事故時の即時連絡」
「宗教的行為の許可申請」
「最後おかしいだろ!」
「祈り、許可制!?」
白い布の女が、
少し離れた場所で微笑む。
「秩序のためです」
ランが低く言う。
「来たな……」
先生は板を立てた。
久しぶりに。
法律
=
線の固定
「嫌な等式だな」
「今までの線、全部固めに来てる」
先生は、男を見る。
「責任者とは?」
男は即答する。
「代表者です」
「一名」
浜が、ざわつく。
「一人!?」
「押し付け合い来たぞ!」
「誰がやるんだよ!」
「夜の見張りより重いぞ!」
男は、先生を見る。
「……あなたが適任かと」
一斉に、先生を見る。
「やめろ!」
「それ一番危ないやつ!」
先生は、首を振った。
「私は、数えただけだ」
男は困った顔をする。
「責任者がいなければ」
「登録できません」
「じゃあ登録しない」
即答。
浜がざわつく。
男は、少し声を低くした。
「登録しない場合」
「違法状態が継続します」
「で?」
マリが睨む。
「是正命令が出ます」
「で?」
「……強制措置も」
空気が、張る。
先生は、板に書いた。
法律
→
誰かを
“代表”にする
「代表にすると、何が起きる」
ランが聞く。
先生は、ゆっくり言う。
「守る人と」
「責められる人が分かれる」
沈黙。
白い布の女が、
静かに言った。
「祈りなら」
「代表はいりません」
「出た!」
「そこ繋げるな!」
先生は、女を見る。
「祈りは」
「責任を、
神に逃がす仕組みだ」
女の笑顔が、固まる。
男は、書類をまとめた。
「三日です」
「……何が?」
「猶予」
「三日以内に、
代表者を決めてください」
紙を置き、
男たちは去る。
浜に残るのは、
紙の山と、
重たい沈黙。
ランが、声を絞り出す。
「……なあ」
「なに」
「これ、詰んでない?」
先生は、海を見た。
「詰んでいるのは」
「代表を決める前提だ」
「え?」
先生は、板に最後の一行を書く。
代表
≠
一人
「……は?」
「法律は」
先生が言う。
「“一人に責任を集めたい”だけだ」
「じゃあどうすんだよ!」
先生は、初めて少しだけ笑った。
「集めない」
波が、強くなる。
この村は今、
人で殴れず、
善意でも殴れず、
文字で殴られている。
だが――
文字は、
読み方を間違えると、
武器にも穴にもなる。
(三十七話へつづく)
誤字脱字はお許しください。




