第三十五話「悪者になると、裁かれる」
35話です。
朝の浜に、
列ができていた。
魚の列じゃない。
舟の列でもない。
人の列だ。
「……並んでる?」
ランが言う。
「並んでるな」
マリが答える。
「しかも、こっち向きで」
列の先頭には、
昨日の“紙を持つ男”。
その横に、
白い布の女。
さらに後ろに、
見覚えのない兵装の男が二人。
役満。
「おはようございます」
紙の男が言う。
「本日は、確認に来ました」
「確認って便利な言葉だな」
ランがぼそっと言う。
先生は前に出た。
板は、持っていない。
「何の確認だ」
紙の男は、
書類を広げた。
「事故の件」
「祈りの拒否」
「管理札の未設置」
「三点セットかよ!」
「全部“正義側”の言い分じゃねぇか!」
白い布の女が、
一歩前に出る。
「裁くためではありません」
「整理するためです」
「整理って言うな!」
マリが即ツッコむ。
「人だぞ!」
女は、静かに言った。
「整理されない悲しみは」
「混乱を生みます」
先生が、淡々と返す。
「混乱は、
数えない時に起きる」
紙の男が、少しだけ眉をひそめた。
「……では、質問です」
紙を指で叩く。
「亡くなった方の名前は?」
沈黙。
「……まだ分からない」
先生が答える。
「では、身元は?」
「出身は?」
「所属は?」
「分からない」
紙の男は、
書類に線を引いた。
「不明、不明、不明」
「書くな!」
ランが叫ぶ。
「分からないだけだろ!」
紙の男は、
淡々と言った。
「分からないものは」
「管理できません」
白い布の女が続ける。
「だからこそ」
「祈りが必要でした」
「出た!」
「ここで繋げてくるか!」
先生が、初めて声を強めた。
「祈りは、
分からないものを
分かったことにする行為だ」
空気が張る。
兵装の男が、
一歩前に出た。
「……これ以上は」
「待て」
先生が、
静かに言った。
「裁く前に」
「一つ、数えさせろ」
紙の男が、
渋々頷く。
「何を?」
先生は、浜を指した。
「ここにいる人数」
全員が、
顔を見合わせる。
「……今?」
「この場で?」
「今だ」
数える。
「一、二、三……」
声が重なる。
「……全員いる」
先生は、
紙の男を見る。
「昨日も、
全員いた」
「事故は?」
「減っていない」
紙の男が、
言葉に詰まる。
「……しかし」
「“起きたかもしれない”で
裁くのか?」
先生は続ける。
「それは」
「正義じゃない」
白い布の女が、
低く言った。
「正義は」
「安心のためにあります」
先生は、
一拍置いて言った。
「安心は」
「奪って作るものじゃない」
沈黙。
列の後ろで、
誰かが囁く。
「……悪者にしては、
静かだな」
「騒いでない」
「数えてるだけだ」
空気が、
少しだけ揺らぐ。
紙の男は、
書類を閉じた。
「……本日は、
ここまでにしましょう」
兵装の男が、
一歩下がる。
白い布の女は、
最後に言った。
「悪者でいるのは」
「疲れますよ」
先生は、
即答した。
「裁く側ほど、な」
三人は去った。
浜に、
長い沈黙。
ランが、
ぽつりと言う。
「……なあ先生」
「なに」
「俺たち、
勝った?」
先生は、
首を振った。
「いいや」
「じゃあ、何だよ」
先生は、
海を見て言った。
「名前を呼ばれなかっただけだ」
波が、
強く打ちつける。
この村は今、
裁かれなかったが、
許されたわけでもない。
そして――
一度“裁こうとした側”は、
必ず、
もう一段強い正義を用意してくる。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




