第三十四話「祈りを断ると、悪者になる」
34話です。
噂は、朝より早かった。
浜に来た時点で、
もう空気が違う。
「……見られてね?」
ランが小声で言う。
「見られてる」
マリが即答する。
「しかも、責める目だ」
昨日まで、
“堅い村”
“変な村”
だった視線が――
今日は、**“冷たい村”**になっている。
先生は、板を立てなかった。
その代わり、浜を一周する。
誰も声をかけない。
だが、離れもしない。
「……なあ」
ランが耐えきれず言う。
「何か言われた?」
「言われてない」
マリが答える。
「だから、言われてる」
その時。
「おはよう」
声は、柔らかい。
昨日の女だ。
祈りの一団。
人数が、増えている。
「今日は、祈らせていただきますね」
“いただきます”。
その言葉に、
浜の空気がざわつく。
「許可してねぇ」
ランが言う。
女は困ったように笑う。
「拒む理由は、ありますか?」
一瞬、沈黙。
先生が答えた。
「まだ、数えている」
女は頷く。
だが、その頷きは――
納得じゃない。
「祈りは」
女は静かに言う。
「亡くなった方のためだけではありません」
「じゃあ何だ」
マリが聞く。
「生きている皆さんのためです」
浜が、ざわつく。
「……俺たちのため?」
「勝手に決めるなよ」
女は続ける。
「祈りを拒むということは」
「救いを拒む、ということです」
空気が、冷える。
先生は板を立てた。
拒む
≠
否定
「意味、通じるか?」
ランがぼそっと言う。
女は、少し首を傾げる。
「同じでは?」
「違う」
先生は淡々。
「祈りは、選べない形で来る」
「それは、管理と同じだ」
一瞬、
女の笑顔が、遅れた。
「……私たちは」
「善意で来ています」
「善意は」
先生は言った。
「断られると、怒る」
浜が、静まり返る。
誰かが、ひそひそと囁く。
「……祈りくらい、いいんじゃね?」
「拒む方が、感じ悪くない?」
「事故、あったんだし……」
空気が、
内側から削れていく。
ランが焦ったように言う。
「なあ先生」
「このままだと、
俺たちが“悪者”だぞ」
「もう、なっている」
即答。
女は、一歩前に出た。
「祈らせてください」
「静かに」
「何も要求しません」
「要求してるだろ」
マリが低く言う。
「“拒むな”って」
先生は、鐘を見る。
「祈りは、音が残る」
女が鐘に手を伸ばす。
その瞬間。
「……やめろ」
トトの声だった。
小さい。
でも、はっきり。
「その音」
「昨日の夜と、同じ」
浜が、凍る。
女の手が止まる。
「……どういう意味?」
トトは震えながら言う。
「夜、浜にいた」
「あの鐘」
「鳴ってた」
全員が、女を見る。
女は、すぐに笑顔を取り戻した。
「子どもの勘違いです」
先生が、静かに言った。
「勘違いかどうかは」
「数えれば分かる」
「……何を?」
「鳴った回数」
「鳴った時間」
「鳴った場所」
女は、答えない。
浜の空気が、
完全に変わった。
「祈りを断ると」
先生が言う。
「悪者になる」
「でも」
一拍。
「祈りを許すと、
嘘が入る」
女は、ゆっくり一礼した。
「今日は、引きます」
去り際、こう言った。
「悪者になるのは」
「辛いですよ」
浜に、重たい沈黙。
ランが呟く。
「……もう、戻れねぇな」
先生は頷いた。
「善意を断った以上」
「次は、“正義”が来る」
波が、強く打ちつける。
この村は今、
**“守らない選択をした場所”**として
名前を呼ばれ始めている。
それは、
干物より重く、
事故より長く残る。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




