第三十一話「死を数えると、黙れなくなる」
31話です。
朝の浜は、
静かすぎた。
波の音が、やけに大きい。
誰も冗談を言わない。
誰も下を向かない。
全員が――待っている。
「……数えるのか?」
ランが、ついに聞いた。
先生は首を振る。
「もう数えてある」
「いつ?」
「昨日の夜」
誰も聞いていない。
誰も見ていない。
それでも、先生は言い切った。
「一人、減った」
浜に、重たい空気が落ちる。
「……名前は?」
マリが聞く。
先生は、少しだけ間を置いた。
「まだ、分からない」
「数えたのに?」
「数えたのは“減った事実”だ」
「人は、あとで来る」
誰も反論できなかった。
その時。
「おはようございます」
浜に、
妙に丁寧な声が響いた。
振り返ると、
見慣れない男が二人。
服がきれいだ。
靴が乾いている。
そして――紙を持っている。
「……誰だよ」
ランが小声で言う。
男の一人が、にこやかに頭を下げた。
「噂を聞きまして」
「どれだよ」
マリが即ツッコむ。
「この浜で、
事故があったと」
空気が、凍る。
先生が一歩前に出る。
「事故は、確認中だ」
男は頷く。
だが、その頷きは――
聞いていない頷きだった。
「こちらとしては」
男は紙を見ながら言う。
「“事件性がない”と助かります」
「……は?」
ランが声を荒げる。
「助かるって、誰が!」
男は笑顔のまま答える。
「皆さん、です」
浜がざわつく。
「事件になると」
男は続ける。
「色々、面倒ですから」
「昨日、“面倒だから奪えない”って言われたぞ」
ランが言う。
「今日は“面倒だから黙れ”か?」
男は笑った。
「理解が早い」
その瞬間。
「……先生」
トトが、小さく手を挙げた。
「その人」
「昨日、夜に見た」
浜が、一気に男を見る。
「……ほう?」
男は一瞬だけ、言葉に詰まる。
先生が、静かに言った。
「死を数えると」
「黙れなくなる」
「何を?」
「矛盾だ」
先生は、浜を指した。
「夜に来ていないと言った」
「だが、子どもは見ている」
「事故と言った」
「だが、説明を急いでいる」
男の笑顔が、少しだけ固まる。
「……子どもの記憶は曖昧です」
「干物は、曖昧でもいい」
先生は言った。
「人は、だめだ」
沈黙。
もう一人の男が、低い声で言う。
「……深入りは、勧めません」
「勧められてない」
マリが即答する。
「選んでいる」
先生は、初めてはっきり言った。
「ここは」
「黙る場所じゃない」
男たちは、顔を見合わせる。
「……今日は引きましょう」
舟に戻る背中は、
昨日の“奪う側”と同じだった。
去ったあと、
浜に、ざわめきが戻る。
「……なあ」
ランが言う。
「これ、もう干物の話じゃねぇな」
「とっくにな」
マリが答える。
先生は、海を見ている。
「死を数えると」
先生が言う。
「“関係ない人”が、関係してくる」
「王都?」
「宗教?」
「軍?」
先生は、否定しない。
「全部だ」
誰も笑わなかった。
だが、誰も逃げなかった。
浜には、
干物がある。
舟がある。
人がいる。
そして――
一人、いない。
その“空白”を、
誰かが埋めに来る。
それは、
正義かもしれない。
都合かもしれない。
救いの顔をした、管理かもしれない。
先生は、板を立てた。
死
=
数えた瞬間に
共有される
「……重すぎる」
ランが呟く。
先生はチョークを置いた。
「だから」
「ここからは、
村だけの話じゃない」
波が、強くなる。
この漁村は今、
“見つかった”。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




