第三十話「事故に見せかけると、死人が出る」
30話です。
朝の浜で、
先生が最初にしたことは――数えなかった。
それだけで、全員が異変を察した。
「……先生?」
ランが声を潜める。
先生は、海を見ている。
いつもより、長く。
「今日は」
先生が言った。
「数えない」
一瞬、ざわつく。
「は?」
「昨日あれだけ数えろって!」
「事故来るって言ったじゃん!」
先生は振り返る。
「だからだ」
浜が静まる。
「事故は」
先生は続ける。
「数えられると、起きない」
「……逆じゃね?」
「逆だ」
先生は淡々。
「事故に見せかけるには、
“数えてない瞬間”が必要だ」
全員が、嫌な想像をする。
その時。
「おーい」
軽い声。
軽すぎる。
浜に、見慣れた舟。
昨日、夜に来た連中の一艘。
「今日は昼かよ!」
「堂々としてんな!」
男が降りてくる。
一人。
笑顔。
「ちょっと困っててさ」
「その前置きで困らせる気だろ」
男は肩をすくめる。
「舟、見てくれない?」
「……舟?」
「昨日、夜に板が割れて」
一瞬、空気が張る。
「夜?」
「夜は出てねぇだろ」
「漂流しただけだよ」
男は笑う。
「事故」
その言葉に、
先生の視線が鋭くなる。
「事故は」
先生が言った。
「昼に確認する」
男は一瞬だけ、言葉に詰まる。
「……まあ、そうだな」
舟を浜に引き上げる。
確かに、板が割れている。
「うわ……」
「これ、出たら死ぬやつだろ」
「昨日の夜だったら……」
先生は舟に触れない。
「誰が乗っていた」
男は即答した。
「一人」
「名前は」
「……」
一瞬の沈黙。
「名前は?」
先生は、もう一度聞いた。
男は笑った。
「流れ者だ」
その瞬間。
「……出た」
マリが低く言う。
「死体が出ない事故の言い訳」
ランが唾を飲む。
「なあ先生……」
「分かってる」
先生は、浜を見渡した。
「今日は」
「数えない」
「でも」
「覚える」
全員が、男を見る。
「誰が」
「いつ」
「何を言ったか」
男は一歩下がる。
「……ただの事故だぞ?」
先生は頷く。
「事故だ」
「でも」
一拍。
「事故に見せかけたものは、
数えられた瞬間に壊れる」
沈黙。
その時、
逃げてきた村の男が走ってくる。
「先生!」
「……何だ」
「海の向こうで――」
「舟、転覆してる!」
全員が凍る。
「……人は?」
マリが叫ぶ。
「一人……」
「見つかってない」
男が、ゆっくり笑った。
「ほらな」
「事故だ」
その瞬間。
先生が、初めて強い声を出した。
「――数えろ」
一斉に動く。
舟。
人。
来訪者。
干物。
声が重なる。
「舟、一艘足りない!」
「人、一人足りない!」
先生は、男を見る。
「あなたが言った“流れ者”だ」
男の笑顔が、消える。
「名前を言え」
沈黙。
「言え」
浜の全員が、
男を見ている。
「……知らない」
「嘘だ」
先生は静かに言った。
「事故は、数を嫌う」
「嘘は、数に弱い」
男は、後ずさる。
「今日は引く」
「もう引いている」
先生は板を立てた。
今までで、一番太く。
事故
=
数えなかった結果
「……俺たちのせいか?」
ランが震える声で聞く。
先生は首を振る。
「数えない時間を、
狙われただけだ」
海は、静かだ。
静かすぎる。
その日、
行方不明者は見つからなかった。
だが――
村は、初めて“死”を数えた。
それは、
干物でも、舟でもない。
「人」だ。
先生は、海を見て言った。
「ここからは」
「戻れない」
誰も笑わなかった。
この村は今、
“守れた村”から
“奪われなかった村”へ
完全に変わった。
誤字脱字はお許しください。




