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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革漁村編〜』  作者: くろめがね


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3/20

第三話 魚は腐るが、噂は残る

第三話です

朝の港は、静かだった。


正確に言うと、

昨日より静かだった。


「……あれ?」


思わず声が出た。


昨日まで、

朝から誰かが怒鳴り、

誰かが笑い、

誰かが魚を落としていたはずだ。


今日は、音が一段低い。


「先生、早いね」


声をかけてきたのは、

昨日も顔を合わせた女だった。


「今日は、静かですね」

「うん。昨日ちょっと頑張ったから」


頑張った、の意味が

だいぶ独特だが、

今さら突っ込むのも野暮な気がした。



広場では、魚が並べられていた。


昨日より少ない。

だが、誰も文句を言わない。


「今日はこんなもん?」

「まあね」

「昨日多かったし」


昨日を基準にするのは、

だいぶ危険な考え方だと思うが、

この村では普通らしい。


「先生」


少年が寄ってくる。


「昨日の板、残してたよ」

「えらいですね」

「でも、もう消していい?」


「なぜ?」

「魚、減ってるから」


理屈は単純だった。



魚を触らせてもらう。


冷たい。

だが、昨日より少し柔らかい。


「これ、昨日のですね」

「うん」

「今日も売るんですか?」

「売るよ?」


即答だった。


「……大丈夫ですか」

「匂い嗅いでみる?」


遠慮した。


「先生、神経質だね」

「腐る一歩手前です」

「一歩なら平気」


一歩の基準が分からない。



昼前。


魚を並べ直していると、

女の一人が言った。


「昨日の噂、もう回ってるよ」

「早いですね」

「魚より早い」


笑いが起きる。


噂の鮮度管理は、

この村では完璧らしい。


「先生も聞いた?」

「何を?」

「誰が誰とだったか」


昨日の話だ。


「……仕事に関係あります?」

「あるある」


何に?


「今日、動き鈍いでしょ」

「……確かに」


因果関係が

雑に繋がっている。



昼。


魚の分配。


今日は揉めない。

理由は簡単だ。


全体的に少ないから。


「少ないね」

「まあね」

「昨日が多すぎた」


昨日が基準になるのは、

やはり危険だ。


「先生、どう思う?」

「保存した方がいいです」

「難しいこと言うね」


難しくはない。


「昨日の魚、今日まで持たせる方法です」

「干す?」

「塩を強めに」

「味落ちる」


味と安全の天秤は、

いつも味が勝つ。



夕方。


魚を干す準備が始まる。


「今日は多めに干す?」

「うん。昨日の分もあるし」


昨日の分、という言い方が

すでに危ない。


「先生、手伝って」

「はい」


網に魚を並べる。


「こう?」

「もう少し間あけて」

「なんで?」

「空気通らないと、先にダメになります」


女が一瞬考えてから言った。


「先生、魚の扱い、人みたいだね」

「同じです」


「え?」

「放っておくと、先に悪くなります」


誰かが笑った。


「じゃあ、噂は?」

「放っておいても残ります」


笑いが広がる。



夜。


今日は、集まりが小さい。


「今日は控えめだね」

「魚少ないし」

「体も重いし」


理由が全部現実的だ。


「先生も来る?」

「今日は干し場見てます」

「真面目だね」


褒められているのかは分からない。



翌朝。


干した魚の一部が、

もう怪しい。


「これ、売れます?」

「……安くなら」


安くなる、で済ませる。


先生は板に書いた。


魚が多い日

→ 保存が雑

→ 翌日困る

→ 噂だけ残る


少年が読んでいる。


「先生」

「はい」

「噂、干せないね」


「ええ」

「腐らないし」


その通りだ。


この村は、

魚より噂の方が長持ちする。


「でも先生」

「はい」

「先生の話も、噂になる?」


少し考える。


「……そのうち」

「じゃあ、残るね」


少年は笑った。


港は今日も回る。

魚は減り、

噂は増え、

人は少しずつ慣れていく。


先生も、

ほんの少しだけ。



次回予告


第四話

「僕の干物は裏切らない」

誤字脱字はお許しください。

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