第二十八話「並ぶと、潰しに来る(正々堂々じゃない)」
28話です。
朝の浜は、
いつも通りに見えた。
それが、一番嫌だった。
「……静かだな」
ランが言う。
「売れなかった翌日って、もっとザワつくだろ」
「誰か文句言いに来るとか」
先生は板を立てない。
その時点で、全員が警戒する。
「何も起きない日は」
先生が言う。
「大体、裏で動いてる」
「縁起悪いこと言うな!」
その直後。
「おーい」
声が軽い。
軽すぎる。
浜に、舟が一艘。
昨日の“いつもの客”――ではない。
女が二人。
距離、最初から近い。
昼なのに。
「こんにちはぁ」
「干物、見せてほしくて」
「買うの?」
マリが即聞く。
「見るだけ♡」
「買わない客は一番怖いって言ったよな?」
ランが小声で言う。
女の一人が、干し場を覗き込む。
しゃがむ。
距離が近い。
干物にも、人にも。
「へぇ……ちゃんとしてる」
「数、揃ってるね」
もう一人が笑う。
「でもさぁ」
「うん?」
「昨日、別の村で聞いたんだけど」
浜の空気が、止まる。
「ここ、干物に色々混ぜてるって」
一拍。
「……は?」
「何混ぜるんだよ」
「夜の欲か?」
「やめろ!」
女は続ける。
「塩、古いとか」
「干しすぎて固いとか」
「数えすぎて味が死んでるとか」
「誰だそんな評価軸作ったの!」
先生が一歩前に出る。
「買わないなら、帰れ」
女はにっこり笑う。
「今日は買わない」
「でも、見たことは広める」
「最悪だ!」
女たちは去る。
笑顔のまま。
浜に、嫌な沈黙。
「……来たな」
マリが低く言う。
「潰しだ」
ランが唾を飲む。
先生は板を立てた。
潰し
=
信用を削る
「物じゃなくて!?」
「干物盗まれないの!?」
先生は淡々。
「盗むと、罪になる」
「噂は、ならない」
その日の昼。
来客は、来ない。
代わりに、
視線だけが増える。
遠くから見る人。
立ち止まって、去る人。
「……減ってる?」
誰かが言う。
数える。
「……四十七」
減っていない。
「物は無事」
「でも、空気が減ってる」
マリが腕を組む。
「で?どうすんの」
先生は、板を消した。
「何もしない」
一斉にブーイング。
「えー!」
「今の聞いた!?」
「放置プレイ!?」
先生は続ける。
「噂は、反応を餌にする」
「じゃあ黙るの?」
「黙って、見せる」
浜の作業が始まる。
数える。
干す。
回す。
休む。
いつも通り。
いつも以上に、丁寧に。
夕方。
一艘の舟。
男が一人。
「……干物、十」
値段を告げる。
男は一瞬、渋る。
そして――頷く。
「……噂と違うな」
「どれだよ」
ランが聞く。
「揉めてるって」
「潰れてるって」
「潰れてねぇよ」
「昼寝してただけだ」
取引は、静かに終わる。
夜。
浜は静か。
だが、空気は張っている。
ランが小声で言う。
「……噂、効いてるけど」
「全部じゃない」
先生は答える。
「効く相手が、選ばれる」
「選ばれる?」
「本気で奪いたい相手だ」
遠く、波の向こうに灯り。
一艘ではない。
先生は、誰にも聞こえない声で言った。
「次は」
「噂じゃない」
浜に、風が吹く。
並んだ村は、
必ず“押しのけ方”を試される。
それが――
夜か、昼か、
もう選ばせてはもらえない。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




