第二十七話「値段をつけると、立場が変わる」
27話です。
朝の浜で、
誰も値段を言わなかった。
言わないのに、
全員が気にしている。
「……今日も、同じ値段?」
ランが、恐る恐る聞く。
「同じじゃね?」
「急に変えたら怖いだろ」
「昨日までの俺たち、否定するみたいで」
先生は板を立てた。
久しぶりに、何も書かずに。
「値段は」
それだけで、全員が息を詰める。
「……立場だ」
「重っ!」
「朝から胃に来る!」
先生は淡々と続ける。
「値段をつけると」
「相手が変わる」
「相手が変わると、自分も変わる」
「三段論法やめろ!」
マリが腕を組む。
「でもさ」
「ん?」
「安く売ってきたから、
今まで“軽い村”で済んでたんじゃない?」
「それな」
「干物は軽い」
「夜は重いけど」
「最後いらん!」
先生は板に、ようやく書いた。
今まで
=
“断れない値段”
「……あ」
誰かが声を漏らす。
「断れないって」
「安すぎたってことか」
先生は頷く。
「断れない値段は」
「相手に主導権を渡す」
「じゃあ……」
ランが唾を飲む。
「断れる値段にする?」
先生は即答しない。
この沈黙は、だいたい当たる。
「……そうだ」
浜がざわつく。
「断る前提!?」
「客減るだろ!」
「昨日やっと仲間増えたのに!」
先生は続ける。
「断るかどうかを」
「こっちが選べる値段だ」
マリが小さく笑う。
「嫌われる値段だな」
「そう」
即答。
その瞬間。
「こんにちはー!」
声が飛ぶ。
舟が一艘。
昨日も来た顔。
「干物、いつものやつ」
“いつもの”。
その言葉が、
浜に嫌な余韻を残す。
先生が前に出る。
「今日は、値段が違う」
一拍。
「……は?」
相手が瞬きをする。
「値段が、違う」
「どれくらい?」
先生は、
いつもの倍の数を言った。
浜が静まり返る。
「……冗談だよな?」
「昨日までの倍だぞ?」
「冗談じゃない」
先生は淡々。
「保存してる」
「数えてる」
「事故を減らしてる」
「説明するな!」
ランが叫ぶ。
「値段は空気で決まるんだろ!?」
先生は首を振る。
「空気は、嘘をつく」
一瞬の沈黙。
相手は笑った。
だが、目は笑っていない。
「……強気だな」
「弱気だと、持っていかれる」
相手は舌打ちし、
舟に戻る。
「また来る」
その言葉は、
客のそれじゃなかった。
舟が離れる。
浜に、
どっと疲れが落ちる。
「……断った」
「初めてだよな」
「客、追い返した」
ランが不安そうに言う。
「これで、よかったのか?」
先生は板に、最後の一行を書く。
値段
=
立場の宣言
「宣言とか言うな!」
「急に政治!」
先生は静かに言った。
「安く売ると、下になる」
「高く売ると、上になる」
「じゃあ今は?」
先生は一拍置いて答えた。
「並んだ」
誰もすぐには笑えなかった。
その日の昼、
干物は売れなかった。
でも――
誰も下を向かなかった。
夜。
浜は静かだ。
静かすぎる。
ランがぽつりと言う。
「……値段ってさ」
「ん?」
「殴られる前触れみたいだな」
先生は、海を見たまま答えた。
「そうだ」
「立場が変わると」
「次は、“試され方”が変わる」
波が、強くなる。
外はもう、
“安い村”としては見ていない。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




