第二十四話「役割が固定すると、揉める」
24話です。
朝の浜で、最初に聞こえたのは――
ため息だった。
「……なんで俺、毎日ここ?」
干し場の端で、ランがぼやく。
「昨日も干し場」
「一昨日も干し場」
「俺、干物になる運命?」
「向いてる顔してるけどな」
マリが即答する。
「顔関係ねぇ!」
先生は板を立てない。
立てないけど、見ている。
それが一番やりにくい。
「網直しは俺だろ?」
新顔の男が言う。
「昨日もやってたじゃん」
「だからだよ。俺の仕事だろ?」
「“俺の”って言ったぞ今」
「言ったな」
空気が、少しだけピリつく。
「舟は私が見るって決まってる」
女が言う。
距離、近い。
昼なのに。
「決まってたっけ?」
「昨日、誰も反対しなかった」
「反対しない=了承、なのか?」
ランが首を傾げる。
「この村、いつから会議制だよ」
その瞬間。
「……減ってる?」
誰かの声。
全員が干し場を見る。
「数えろ!」
「早く!」
数える。
「……四十六」
一枚、減っている。
一瞬、静まり返る。
「昨日、四十七だったよな?」
「見張りは?」
「誰が干し場担当?」
視線が、ランに集まる。
「え、俺!?」
「今日は俺だった?」
「いや、昨日もじゃん!」
「“俺の仕事”って言ってたよな?」
さっきの男が言う。
「言ったけど!」
「でも減らしたの俺じゃねぇ!」
空気が、明確に変わる。
先生が、そこで板を立てた。
久しぶりに。
役割
≠
所有
「……重い」
「今それ書く?」
先生は淡々。
「役割が“自分のもの”になると、守りより言い訳が増える」
「うわ刺さる!」
「さっきの俺だ!」
マリが腕を組む。
「で?減った一枚は?」
トトが小さく手を挙げる。
「……猫」
全員が一斉にトトを見る。
「またか!」
「猫、仕事熱心すぎ!」
先生は板に追記する。
干物:46
理由:猫(再)
「“再”って書くな!」
「前科みたい!」
笑いが起きる。
空気が、少し緩む。
先生は続ける。
「今日の問題は、猫じゃない」
「……え?」
「“誰の仕事か”を先に考えたことだ」
沈黙。
ランが頭を掻く。
「……俺、干し場“担当”になってた?」
「なってた」
マリが即答する。
「いつの間に!?」
「昨日、誰もやりたがらなかった時」
「うわ、罠だ!」
先生は首を振る。
「罠じゃない。流れだ」
板に書く。
流れ
↓
固定
↓
権利っぽくなる
「“っぽく”が嫌だな!」
「でも合ってる!」
女が言う。
「固定した方が楽じゃない?」
「楽だ」
先生は頷く。
「でも、楽はすぐ“自分の場所”になる」
「場所になると?」
「守りたくなる」
「守ると?」
「他を疑う」
全員が、さっきの空気を思い出す。
ランがため息をつく。
「……じゃあどうすんだよ」
先生はチョークを置いた。
「回す」
「回す?」
「何を?」
先生は板に、大きく書く。
役割は
回す
「えー!」
「面倒!」
「慣れたのに!」
「慣れ始めが、一番危ない」
即答。
その夜。
見張りは、ランじゃない。
新顔でもない。
マリだ。
「……落ち着かねぇ」
「それが正常」
先生はそれだけ言った。
翌朝。
干物は減っていない。
誰も責められていない。
役割は、まだ落ち着いていない。
でも――
揉めきる前に、戻れた。
先生は浜を見て、静かに言う。
「固定すると、守り始める」
「回すと、見える」
「何が?」
「全体」
誰も反論しなかった。
この村は今、
“役割があるけど、席はない”
不安定で、でも壊れにくい場所に立っていた。
(つづく)
誤字脱字はお許しください。




