第二話 死ななかった日は噂話が増える
第二話です
朝の港は、昨日より少しうるさかった。
理由は簡単だ。
誰も死んでいない。
「今日は全員帰ってきたね」
「珍しい」
「たまにはある」
“たまには”で済ませていい話ではないが、
この村ではそれで十分らしい。
船が三隻、きっちり揃って岸に並ぶ。
網も破れていない。
魚もそれなりに揚がっている。
つまり――
暇だ。
「ねえ、先生」
声をかけられる回数が、明らかに増えた。
「今日は何教えるの?」
「まだ決めてません」
「じゃあ雑談でいい?」
教養の要求が低い。
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広場では、男たちが昨日以上に網を直していない。
正確には、全然直していない。
「昨日さ」
「聞いた?」
「あの船の話」
噂話が始まっている。
死者がいない日は、必ずこうなるらしい。
女たちも負けていない。
「昨日、誰が誰とだったか」
「え、そこ?」
「そこ大事」
大事、らしい。
子どもたちはその間を走り回り、
噂話の断片だけを拾っていく。
教育上どうなのかは分からないが、
この村では英才教育らしい。
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「先生、先生」
少年が板を指さす。
「昨日の数、消していい?」
「なぜ?」
「もう当たったから」
なるほど。
予測は結果が出たら用済み、という文化だ。
「残した方がいいですよ」
「なんで?」
「当たった理由が分かります」
少年は首を傾げる。
「当たったら、それでよくない?」
「次も当てたいでしょう」
しばらく考えてから、
少年は板を消さなかった。
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昼。
魚の分配が始まるが、
昨日と違って揉め方が長い。
「多い」
「少ない」
「昨日より減ってない?」
「昨日はたまたま」
たまたま、という言葉が便利すぎる。
「先生、どう思う?」
「数えた方が早いです」
「やめとこ」
即却下。
この村、数を数えると責任が発生する。
だから嫌われる。
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午後。
女たちの噂話が、完全に夜の話題に移行する。
「昨日は静かだったね」
「全員生きてたし」
「逆に落ち着かない」
生死と性生活が同じ文脈にあるのは、
この村くらいだろう。
「先生、今日も来る?」
「……昨日より忙しいですか?」
「暇」
つまり来い、という意味だ。
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夜。
昨日より灯りが多い。
理由は単純。
「今日は余裕あるから」
「明日も出るけど」
「まあ何とかなるでしょ」
何とかならなかった場合は、
翌日誰かが埋める。
それだけだ。
行為は起きる。
昨日より長い。
だが、誰も特別な顔はしない。
余裕がある日は、そうなる。
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翌朝。
港は、昨日より少し静かだった。
「……なんか疲れてない?」
「夜、長かったし」
「自業自得」
冗談は冗談で済まされる。
だが、
動きは少しだけ鈍い。
先生は板に書いた。
死ななかった日
→ 噂が増える
→ 夜が長くなる
→ 朝が重くなる
「先生、それ」
「因果関係です」
誰かが笑った。
「じゃあ、どうする?」
「数えます」
一瞬、静かになる。
「……まあ、そのうちね」
「はい。そのうちで」
今はまだ、
笑っていられる段階だ。
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港の端で、少年が言った。
「先生」
「はい」
「死なない方が、楽じゃないね」
先生は少し考えた。
「楽な日は、後で請求が来ます」
少年は分かったような、
分からないような顔をした。
この村は今日も回る。
噂と冗談と、
数えない選択で。
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次回予告
第三話
「魚は腐るが、噂は残る」
誤字脱字はお許しください。




