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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革漁村編〜』  作者: くろめがね


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2/20

第二話 死ななかった日は噂話が増える

第二話です

朝の港は、昨日より少しうるさかった。


理由は簡単だ。

誰も死んでいない。


「今日は全員帰ってきたね」

「珍しい」

「たまにはある」


“たまには”で済ませていい話ではないが、

この村ではそれで十分らしい。


船が三隻、きっちり揃って岸に並ぶ。

網も破れていない。

魚もそれなりに揚がっている。


つまり――

暇だ。


「ねえ、先生」


声をかけられる回数が、明らかに増えた。


「今日は何教えるの?」

「まだ決めてません」

「じゃあ雑談でいい?」


教養の要求が低い。



広場では、男たちが昨日以上に網を直していない。

正確には、全然直していない。


「昨日さ」

「聞いた?」

「あの船の話」


噂話が始まっている。

死者がいない日は、必ずこうなるらしい。


女たちも負けていない。


「昨日、誰が誰とだったか」

「え、そこ?」

「そこ大事」


大事、らしい。


子どもたちはその間を走り回り、

噂話の断片だけを拾っていく。

教育上どうなのかは分からないが、

この村では英才教育らしい。



「先生、先生」


少年が板を指さす。


「昨日の数、消していい?」

「なぜ?」

「もう当たったから」


なるほど。

予測は結果が出たら用済み、という文化だ。


「残した方がいいですよ」

「なんで?」

「当たった理由が分かります」


少年は首を傾げる。


「当たったら、それでよくない?」

「次も当てたいでしょう」


しばらく考えてから、

少年は板を消さなかった。



昼。


魚の分配が始まるが、

昨日と違って揉め方が長い。


「多い」

「少ない」

「昨日より減ってない?」

「昨日はたまたま」


たまたま、という言葉が便利すぎる。


「先生、どう思う?」

「数えた方が早いです」

「やめとこ」


即却下。


この村、数を数えると責任が発生する。

だから嫌われる。



午後。


女たちの噂話が、完全に夜の話題に移行する。


「昨日は静かだったね」

「全員生きてたし」

「逆に落ち着かない」


生死と性生活が同じ文脈にあるのは、

この村くらいだろう。


「先生、今日も来る?」

「……昨日より忙しいですか?」

「暇」


つまり来い、という意味だ。



夜。


昨日より灯りが多い。

理由は単純。


「今日は余裕あるから」

「明日も出るけど」

「まあ何とかなるでしょ」


何とかならなかった場合は、

翌日誰かが埋める。

それだけだ。


行為は起きる。

昨日より長い。

だが、誰も特別な顔はしない。


余裕がある日は、そうなる。



翌朝。


港は、昨日より少し静かだった。


「……なんか疲れてない?」

「夜、長かったし」

「自業自得」


冗談は冗談で済まされる。


だが、

動きは少しだけ鈍い。


先生は板に書いた。


死ななかった日

→ 噂が増える

→ 夜が長くなる

→ 朝が重くなる


「先生、それ」

「因果関係です」


誰かが笑った。


「じゃあ、どうする?」

「数えます」


一瞬、静かになる。


「……まあ、そのうちね」

「はい。そのうちで」


今はまだ、

笑っていられる段階だ。



港の端で、少年が言った。


「先生」

「はい」

「死なない方が、楽じゃないね」


先生は少し考えた。


「楽な日は、後で請求が来ます」


少年は分かったような、

分からないような顔をした。


この村は今日も回る。

噂と冗談と、

数えない選択で。



次回予告


第三話

「魚は腐るが、噂は残る」


誤字脱字はお許しください。

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