第十九話「線が太くなると、欲もはみ出る」
19話です
朝の浜は、妙に整っていた。
整いすぎて、逆に落ち着かない。
「……綺麗すぎね?」
マリが言う。
「昨日まで、もっとこう……」
「だらしなかったよな」
「夜みたいに」
「やめろ」
先生は板を立てた。
今日は、線が太い。
チョークを二本使っている。
それだけで、全員が察する。
「……あ、これ」
「本気のやつだ」
「昨日の事故、効いてる」
先生は板に書いた。
新ルール
①干し場:昼のみ
②夜立入禁止
③見張り当番制
「③!?」
「誰がやるの!?」
「夜に!?」
先生は淡々。
「夜は事故が起きやすい」
「別の意味でもな!」
「分かってて言ってるだろ!」
ランが手を挙げる。
「なあ先生」
「なに」
「見張りって、二人一組?」
先生は一瞬だけ考え、
首を振る。
「一人」
「よし!」
「残念!」
「どっちだよ!」
マリが腕を組む。
「でもさ」
「ん?」
「夜に人が集まらないと、噂が減るんじゃない?」
「減る」
「じゃあ、エロも減る?」
先生は即答しない。
この沈黙は危険だ。
「……管理される」
「エロを管理するな!」
「誰が管理できるんだよ!」
そこへ、よその舟が一艘。
女一人。
距離、近め。
「こんにちは」
「今日も交換?」
先生が板を指す。
「条件は同じ」
女は板を見る。
太い線を見る。
少しだけ、笑う。
「……厳しくなったね」
「事故があった」
「へぇ」
女の視線が、干し場からランに移る。
「夜は?」
「立入禁止」
「残念」
「健康的」
「つまんない」
会話が、完全に噛み合っていない。
交渉は昼に終わる。
淡々と。
色気、なし。
舟が去ったあと、
浜に妙な沈黙。
ランが言う。
「……なあ」
「なに」
「俺、ちょっとムラムラしてない?」
「知らん!」
「報告するな!」
マリがため息。
「線、太くしすぎた?」
先生は首を振る。
「太くしないと、越えられる」
「でもさ」
「欲って、線を見たら――」
先生は板に追記する。
線
=
越えたいもの
「心理学やめろ!」
「合ってるのが最悪!」
その夜。
浜は静かだ。
静かすぎる。
見張り当番のランが、
一人で干し場を歩く。
「……暇」
暇は危険だ。
第十二話で学んだ。
「夜、長ぇ……」
そこへ、マリの声。
「……何してんの」
「見張り」
「真面目か!」
距離、近い。
でも、線はある。
「触るなよ」
「触らねぇよ」
「触りたいけど」
「言うな!」
二人で笑う。
笑って、離れる。
その様子を、
遠くから先生が見ている。
板は持っていない。
翌朝。
干物は減っていない。
事故もない。
でも――
「……なんか、疲れてね?」
「欲だけ残ってない?」
先生は板を立て、
最後に一言書いた。
線を引く
↓
欲が暴れる
↓
慣れる
「慣れるの!?」
「そこ!?」
先生はチョークを置く。
「線は」
「守るために引く」
「楽しみを殺すためじゃない」
一瞬、全員が黙る。
マリが鼻で笑う。
「……大人になったな、俺たち」
「やめろ!」
「この村で言うな!」
笑いが戻る。
エロは減った。
でも、消えてはいない。
線が太くなったぶん、
欲は、内側でちゃんと燃えている。
それでいい。
今は。
誤字脱字はお許しください。




