第十六話「嫌われると、面倒が来る」
16話です
朝の浜で、最初に気づいたのは――
音だった。
「……重くね?」
ランが言う。
波の音じゃない。
櫂の音でもない。
足音だ。
浜に、男が三人。
舟は一艘。
女はいない。
距離も近くない。
「うわ、今日は湿ってない」
「逆に怖い!」
マリが小声で言う。
「これ、エロじゃなくて力のやつだ」
先生は板を持ってこない。
その時点で、全員が背筋を伸ばす。
男の一人が前に出た。
声が低い。
「ここが、最近うるさい村か」
「静かにしてるけどな」
ランが言う。
「余ってるらしいな」
空気が、ピンと張る。
「数を言え」
先生が言う。
男は鼻で笑う。
「交渉か?」
「違う」
「確認だ」
一瞬、男たちが顔を見合わせる。
「……三十」
先生は少し考え、首を振る。
「出せない」
「昨日は出したと聞いたが」
「条件が違う」
「何が」
先生は淡々。
「態度」
一拍。
そして、男が笑った。
「面白いな」
「余ってるくせに、選ぶのか」
「選ぶ」
即答。
ランが横で小声。
「先生、煽ってる?」
「事実を言ってるだけだ」
男の一人が一歩踏み出す。
距離が近い。
夜とは違う意味で。
「選ばれないと、どうなると思う?」
浜が静まる。
マリが一歩前に出る。
「減らさないって、決めてるんだよ」
「何を?」
男が笑う。
「色々だ」
先生は、その言葉を拾う。
「干物」
「信用」
「人」
「あと尊厳な」
ランが付け足す。
一瞬、間。
男たちは――笑わなかった。
「夜の話は?」
男が聞く。
「取引外」
「女も?」
「含まれない」
「……ケチだな」
先生は頷く。
「だから嫌われてる」
沈黙。
その沈黙を破ったのは、
干し場の音だった。
パタッ。
干物が一枚、落ちる。
全員の視線が集まる。
トトが叫ぶ。
「落ちた!減ってない!?」
「数えろ!」
即座に数える。
「……四十七」
減っていない。
男たちが、少しだけ顔をしかめる。
「……管理してるな」
「してる」
「面倒だな」
「面倒は嫌われる」
先生は言う。
「嫌われると、こうして来る」
男が肩をすくめる。
「今日は様子見だ」
「助かる」
「だが――」
去り際、男が言った。
「次は、数じゃ済まない」
舟が離れる。
波が戻る。
しばらく、誰も喋らない。
ランが最初に息を吐いた。
「……エロより疲れるな」
「同意」
「夜の方がマシかも」
先生は浜を見渡す。
人はいる。
物もある。
減っていない。
「嫌われると」
先生が言う。
「守る理由が、はっきりする」
マリが腕を組む。
「で?次は?」
先生は、久しぶりに板を立てた。
嫌われる
↓
試される
「嫌な段階来たな」
「でも、分かりやすい」
先生はチョークを置く。
「ここからは」
「エロより、理屈だ」
「それはそれで嫌!」
笑いが出る。
でも、足は震えていない。
この村は、
もう“軽口だけ”では守れないところまで来た。
誤字脱字はお許しください。




